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誘惑の手招き
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書類には、霙の経歴が、つらつらと書かれていた。
霙の生まれから、俺に買われるまでの経歴が並んでいた。
幼い頃に、霙とβの父親を捨てたΩの母親。
成長するに連れ、母親に似てきた霙に、嫌悪を抱く父親。
すべての元凶は、母親の[運命の番]であるαだと、感じたのかもしれない。
ふらりと現れ、大切な人を奪っていったαを嫌うのも、仕方ない。
幼い心には、憎い相手と映ったのだろう。
中学の頃はだらしなかった男関係は、高校に進学したと同時に、いくらか落ち着いたように見えた。
高校2年から付き合い始めたという園崎 翠之。
暗城家に売られるまで約10年……。
そんな相手と引き離されれば、心に傷を負うのも、わからなくはない。
幼い頃や、卒業アルバムのものであろうと思われる写真も一緒に載せられていた。
中学の頃には、霙の美貌は確立されていた。
フェロモンなどなくとも、人目を引く美しさだ。
《特記事項 当該人物のフェロモンは強力であり、βでも影響を受けてしまう。発情期でなくもと、常に纏っている可能性あり》
βをも惑わせる常備のフェロモン……。
ふと、吾久の言葉が蘇った。
『こいつ自体に逃げる気はないらしいんだけど、勝手に逃がそうとしたり、自分の物にしようとしたりするヤツがいてさ……もう、面倒だから、切り取って始末した方が早ぇなってなったわけよ』
霙と接していたのはたぶん、世話をしている者だ。
それはきっと、αの人間ではなくβだろう。
発情期など関係なく、βすらも惑わせてしまうフェロモンか。
生き辛かったに違いない。
駒野に届けさせた抑制剤が効けば、少しは楽に……。
「………っ」
飲んだ息に、呼吸が止まる。
駒野の忠誠心は、俺に向いている。
ただ、その忠誠をも凌駕する誘惑が目の前で手招きしたのなら。
駒野が欲に従わないという保証は、どこにもない。
たとえ、駒野がそれを跳ね退けたとしても、霙の周りには、他の従業員もいる。
そいつらの欲望が、霙を慰み物として見ないとは限らない。
不安に駆られた俺の瞳に、壁に掛けられている時計が映る。
時刻は11時だ。
食堂に行かせるなど言語道断だ。
善は急げだと言わんばかりに俺は腰を上げた。
その足で、霙の部屋へと向かった。
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