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激しく鳴り立てる心臓 <Side霙
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抑制剤の治験のためだけに、黒羽製薬に居続けるコトに少なからず後ろめたさを持っていた僕は、何か手伝えるコトはないかと、妃羅の仕事のサポートをするようになっていた。
妃羅から気晴らしに出掛けないかと持ちかけられ、その誘いに乗った。
出掛ける直前、帝斗に呼び止められた。
念の為だと、柔らかく巻かれたスカーフ。
ぶっきらぼうに、ぎこちなく差し出されたスマートフォン。
帝斗の優しさが、染みた。
用事はそれだけだというように、帝斗はすぐに踵を返す。
話をしたくても、何を話せばいいのかわからない。
触れたくても、どう接すればいいのかわからない。
僕には、その後ろ姿を黙って見つめるしか手立てはなかった。
大きな商業施設。
揃わない物はないだろうと思われる場所で、洋服を見たり、雑貨を眺めたり。
2時間ほど歩き回った僕たちは、施設内の小さな喫茶店に足を踏み入れた。
飲み物を頼み、運ばれてくる前にと妃羅は、お手洗いに立った。
僕はぼんやりと、テーブルの端に片づけられたメニューの表紙を眺めていた。
「霙……?」
名を呼ばれ、視線を上げた。
僕の名を呼んだ男の顔を確認し、瞳が開く。
そこに立っていたのは、翠之だった。
翠之は、ごく自然に僕の向かいに腰を下ろした。
「……探してたんだ」
ふわりと伸ばされる翠之の手に、僕は固まる。
心臓が、ばくばくと音を立てた。
恐怖なのか、感激なのか、驚愕なのか。
激しく鳴り立てる心音が、なにを起因としているのか、わからない。
柔らかく頬に触れた翠之の手が、短くなった僕の髪を弄ぶ。
「なんで切っちゃったの? オレ、霙の髪、好きだったのに」
髪の毛のコトなど、どうでもいい。
探していたって何?
僕は、翠之の母親の手で暗城家に売られたのに。
そうだ。
僕は翠之の人生を狂わせたんだ。
そんな厄介者の僕を、何で探していたの?
仕返しする、ため……?
「まぁ、髪はまた伸びるよね」
息を吹き返したように、びくりと震えた僕は、身体を引き翠之の手から離れた。
逃げた僕に、翠之は一瞬、顔を顰める。
腹立たしげに雑に腰を上げた翠之が、僕の腕を掴んだ。
「帰るよ」
椅子から立ち上がるようにと僕を促す手が、皮膚に食い込み、痛みを発する。
「…どこ、に?」
僕たちが暮らしていた花屋も、もうない。
いったい、どこに帰るというのだろう。
翠之は、僕と一緒にいちゃいけないんでしょ?
人生を狂わせてしまうコトしか出来ない僕とは……。
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