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僕は逃げる
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「オレの家に決まってるだろ。早く」
無理矢理に引かれる腕に、痛みを避けようと僕は腰を上げる。
それでも、食い下がるように言葉を紡いだ。
「行けないよ。僕と居たら、翠之の人生が狂っちゃう。ダメ、…になる」
首を横に振るう僕に、翠之は呆れたように溜め息を吐いた。
「母さんに何を言われたかは、知らない。だけど、オレに必要なのは、お前なんだ。ずっと、探してた……。もうあの人が首を突っ込んでくるコト、ないから。だから、一緒に帰るよ」
有無を言わさぬ翠之の態度と声色に、僕の心は揺らぎ始める。
「オレの人生なんて、もうどうにもならない。狂うもなにも、…脱線しちゃってるからね。…何も無いんだ。何も無いんなら、せめてお前だけでも……」
傍に居て欲しい。
そんな幻聴が聞こえた。
翠之の口から放たれたものじゃない。
それでも僕には、翠之の心の音が届いていた。
あの頃とは、違って見えた。
αの子供である自分は、αに限りなく近い存在で、望むものは何でも手に入ると驕り高ぶっていた翠之では、ない気がした。
色んなものを失い、最後にひとつだけ欲しいものを必死に繋ぎ止めるかのように、僕の手を掴んでいるかのように思えた。
翠之と居たときの、幸せな日々が蘇る。
僕は、掴まれていない手で、ポケットに入っているスマートフォンを取り出す。
スマートフォンを取り出す僕の手を翠之が睨んでいた。
「これ、預かってたものだから。持っていけない」
帝斗に預けられたそれは、一度も使用していない。
画面を開くコトもなく、それをテーブルの上へと置いた。
「帰る。翠之と一緒に行くよ」
触れられない届かない想いに胸を焦がすくらいなら。
翠之が愛してくれるなら。
翠之の傍にいた方が幸せ……、かもしれない。
『逃げたいなら逃げたって構わない』
帝斗の声が蘇っていた。
そう、僕は逃げる。
痛みに嘆く心を抱え、その場に止まるよりも、優しく癒してくれる人の元へ。
帝斗に振り向いてもらえないのであれば、翠之に愛してもらえばいい。
自分を好きだと言ってくれるのだから、得られない愛を、翠之で補えばいい。
そんな考えは、狡いとわかっている。
でも。追いかけて傷つくくらいなら、僕は逃げる。
逃げてでも、…求めるものじゃなくても、愛してくれるなら、そこが僕の居場所だと信じて。
手に入らない帝斗の想いに、僕は自棄になっていた。
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