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逃げる身体
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父は、オレと母を捨てた。
母は、オレから霙を取り上げた。
父の威光の中で横柄に育った俺に、友と呼べる存在など居ない。
オレは、独りぼっちになった。
なんの才もないクセに、傲然(ごうぜん)と生きてきたツケが回ってきたに過ぎない。
家に寄り付かなくなった父。
それでも、生活に困らない程度の金は、毎月、振り込まれている。
母の入院費も、いつの間にか支払われていた。
なにもする気にならないオレは、父の脛に噛りつき、平然と遊んで暮らしていた。
商業施設をぶらつくオレの視界に霙の姿が飛び込んできた。
髪は短く切り揃えられていたが、間違えようもなかった。
逸る気持ちを宥めながら、喫茶店の席に座る霙の傍へと寄った。
ちらりと見えた霙の足首。
そこに暗城家の所有の証であるアンクレットは、嵌められていなかった。
孤独なオレの前に、再び現れた霙に、掴んだその手を、放すつもりはなかった。
商業施設を出て、そのままタクシーを捕まえた。
オレの家まで、10分程度。
その距離ですら、歯痒かった。
嗅ぎたくて。
触れたくて。
抱きたくて。
家の玄関を開け、霙を中へと促す。
靴を脱ぐより先に、霙を振り返り、正面から抱き締める。
霙を追い越し伸ばした手で、鍵をかけた。
内側からなら簡単に開けられる鍵。
それでも、霙が逃げていかないように、2度と離れたくないと喚く気持ちに、無意識が起こした行動だった。
「おかえり……」
霙の首筋に顔を埋め、堪らず言葉を零す。
やっと取り戻した愛しくて堪らない存在……。
大きく息を吸い込んだ瞬間、違和感が胸を占めた。
……香らない。
霙のあの腹底を焦がすような、身体中を炙られるような香りが、全くしない……。
ぐっと眉間に皺を寄せた。
キスをすれば、…その身体を昂らせれば、あの頃のような香がオレを炙るはず。
抱き締めていた腕を緩め、霙の身体を離した。
顎を捉え持ち上げた顔に、唇を近づける。
くんっと霙の身体が、後ろへと反った。
……オレから、逃げた。
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