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五時間目
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平常心、平常心
そう心の中で呟いても一向に落ち着かない俺の心臓
奥歯に力を入れすぎてギリッと音がしそうだ。
七種は何も返さない俺を不思議そうに見る。
目は合わないけどそんな感じがする。
首を傾げるように揺らした前髪
何度目かにまた見ることが出来たヘーゼル
あんなにその瞳に映りたかったのに
今はどうやって見られないようにするかに必死
「きょ!」
「きょ?」
「今日!俺、部活行かなきゃなんだった!ごめん、七種!また明日ね!!!」
なんて苦しい言い訳
何か言われる前に走って教室から出る。
もう全速力、全力前進
さっきと同じくらい上がった心拍数に何故か安心した。
きっと変に思われた。
それとも七種は何も思わない?
それはそれで悲しい
ああもう、自分勝手だ
どうしたって考えはまとまらないしぐちゃぐちゃだ
いつも通り気分の思うままにすればいいのにおかしい
いつも通りで行動したら全部を壊しちゃいそうでやめろと珍しく自制心が働く
頭の中の警報は未だにうるさい
走って、走って、走って
四階にある美術室からいくつかの階段を下りて
鞄を置き去りにした教室とはまた別の方向へ
これじゃまるで逃亡犯だ。
やっと落ち着いてきた呼吸
深呼吸みたいに長く息を吐き出す
ふと視線を下げると密かに指先が震えていた。
なに、ほんと
俺どうにかなっちゃった?
震えてる、のは、怖いから?
なにが?
ぽんぽんと止めどなく溢れ出る問い
答えなんかどこからも返ってきやしないのに
焦り戸惑うけれど内心どこか冷静な自分もいて
もう本当、頭の中はぐっちゃぐちゃ
綺麗に色分けされていたはずのカラーパレッド
いつの間にか仕切は無くなって色とりどり鮮やかな色の絵の具は混ざり合う
混ざって混ざってぐっちゃぐちゃ
何色があったかもわからなくなっていく
俺は男で
七種も男
知ってるよ、分かってるよ
でも、でもさ、だって、俺……
止まらない
怖い
さっき七種と目が合った時、思った。
瞳に映りたいじゃなくて、衝動的な、ただの欲望
七種に
触れたいって
その場にしゃがみこむ
目元を両手で覆って
バクバクと再び騒ぎ出す心臓
真っ暗な視界の中で思い出されるのは
レンズ越しに視線が交わった瞳
心臓はうるさいのに息は止まりそう
「あぁぁぁ〜…………マジ〜???」
廊下に響いたのは自分の声
思ったよりも情けないその声に余計に自覚する。
でも認められない
認めたくない
どこかで否定する声が聞こえる。
ただの好奇心、興味、なんとなく
自分の周りでは珍しいから気になってるだけ
ただ、それだけ
言い訳みたいに色んな言葉で理由をつけていく
もう一度長い長い溜息を吐く
だって七種はそんなの望んでないだろ
やっと普通に話してくれるようになったんだ。
やっと小さく笑いかけてくれるようになったんだ。
それだけでも友人として嬉しいじゃないか
そう、友人として、友達として
強くぎゅっと目を閉じる。
深呼吸
勘違いなんかで、思い違いなんかで
自分勝手なんかでこの関係を崩したくない
少なくとも、この放課後の時間を失いたくはなかった。
内緒にしよう心にしまおう
得意だろ、そういうの
明日には普通になれるから
明日にはきっといつもの気分屋の俺だから
今だけ、今だけは認めてもいいかな
口に出したらスッキリするかもしれない
生まれた自分の大切な感情
俺が信じたいって思う、でも捨てたいとも思ってしまう感情
今だけ許して
「…………すき」
ああ、馬鹿
言葉になんかするんじゃなかった。
こんなの無理だろ
我慢できるなんてなんで思った。
捨てられるなんてなんで思った。
「すき、すき、すき………っ、すき」
あーしんどいなあ
「好き」
廊下で一人何してるんだろう
誰も通らないことが救いだ
上の階から劈くような吹奏楽部の楽器の高い音
どうしようもない感情は消えない
消えてくれない
捨てられない
無意識に膝を抱えた。
こんなこと無かった
今までの一度だって
幼少期、保育園の先生を初めて好きになった時
それは幼ないながらに確かに自分にとって特別だった。
初恋、だったのだろう
小学生の時、隣の席だった大人しめの女の子を好きになった。
中学生の時はテニス部の笑顔の耐えない強くて、でも普通に脆く優しい女の子
楽しかっただけではなかった。
それなりに、人を恋という特別な感情で好きになり
失恋もした。
それでもこんな事無かった
無かったんだ
隠そう、捨てよう
そうさっき決意したのは俺だ
それでも、こんなに痛いなんて知らなかった。
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