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九時間目
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七種は曖昧に笑った。
長い付き合いじゃないとはいえこれだけ一緒にいる時間が増えるとわかる
誤魔化したい
隠したい
でも嘘をつくのは申し訳ない
きっとそんなところだろう
俺はそれ以上何か言うことは出来なくて
早々にその日は解散した。
あの日、無理矢理にでも七種の口から聞いとけばよかった。
そうすればこんなズルをした気分にはならなかったのに
、
週に何度かあるかないかの友人との帰り道
その日もいつもと変わらずくだらない話をしながら
変わりばえない時間を過ごす
はずだった。
「そーいや珠希、七種と最近仲良いよね」
「んー?まーね、一緒に特訓してる仲だから」
「なんの?」
「それは俺と七種だけのひみつー」
七種の話題に浮かれて特訓なんて言ってしまったけれど
さすがに詳細までは教えてやらない
お喋りな友人にあの時間の邪魔をされてたまるかと言葉を濁した。
ふーん、と興味が無さそうに相槌をうった友人に安心したのも束の間
今度はああ、となにか思い当たったように手を打った。
「特訓ってもしかしてあれ?」
「あれ?」
俺はお前と思考回路共有していない
あれってなんだ、なんかあったっけ?
「いや、七種の話。確か前の大会からスランプ中なんでしょ?だから、なんかその手伝してるんじゃねえの?」
「何、スランプって」
「え、知らねえの?」
心臓が、いやに響く
ドクンドクンって
七種といる時とは全く違う
緊張と焦り、それから不安、そういう感情が入り交じったみたいな感覚
じんわりと、背に汗が滲んだ。
「七種って弓道部で期待されてた新入部員じゃん?春の新人戦でもいきなり表彰台上がったりしてたやつだろ?」
そこからはあんまり覚えてない
覚えてないと言うより話の途中で俺は歩いていた道を駆け戻った。
だって、俺はそんな七種知らないから
俺の知ってる七種は
静かで真面目、でも話みたら意外と頑固だったり
笑う時は秘め事みたいに小さく笑う
そんな普通の同級生
『なんか先輩とか関わってる大事な大会?でミスして夏以来、弓道出来ないんだろ?』
なにそれ
『俺、七種と中学同じなんだけどさー。あいつ結構あん時から凄かったぜ?バンバン賞取っててさ。今は部活が休みの日だけリハビリみたいなのしてるって……知らなかったのか?』
何それ、なにそれ、なにそれ
そんな話、俺知らない
一週間のうちほとんど毎日七種と過していた。
そう、ほとんどだ。
一週間の内、月曜日だけは用事があるからと
もともと七種から聞かされていて美術室には行かない
今日も、月曜日
放課後七種はすぐに鞄を持って教室を出て行った。
それがもし、一人で、
走って、走って、走って
そういえばうちの学校には弓道場があったななんてぼんやり思い出してその道を辿る。
月曜日は殆どの部活が休み
休息もトレーニングのうち、ってどこで聞いた話だっけ
息は乱れて必死に呼吸する。
一度も入った事がなかった弓道場
入っていいとかダメとかそんなの今は頭になくてゆっくり戸を開けた。
中はしんと静まり返っていて
一見、無人のように見えた。
戸から真っ直ぐ行って曲がった先に見つけた背中
制服では無いけれどその後ろ姿は何度も見たから知っている。
七種、だった。
何も持たず佇む綺麗な背中
知ってるはずなのに、まるで知らない人みたいだった。
七種は普段から姿勢がいいけれど今はまた別段とそう感じる。
胸を張りぐっと腕に力を入れゆっくり何かを引く仕草
一つ一つの動作が丁寧かつゆっくりで
バランスを崩してしまいそうだけれどしっかりと行われる動作
射抜くような視線と直線上に見えた的
ぱっと手のひらが開かれる。
当然音なんかしない
それでも総毛立つ何かがあった。
放課後、誰もいなくなった教室
時々聞こえてきた音
たくさんの音が重なる音楽とは違う
空気を切り裂くみたいに弾けて響く音
素人目でもなんでも感覚的にそう思った。
中った、と
その姿に見惚れていると
今度は実際に弓矢を手に持つ七種
つか俺なんで隠れてるんだ?
邪魔しちゃいけないし、そうだよな、うん
焦る内心
なぜか緊張が孕む
首を振るって視線を戻す。
「……?」
様子がおかしい
姿勢やら何もかも先程と同じなのに何か違う
七種は弓を引くのをやめてしまった。
「……?」
「っ、」
振り返りそうになった七種に俺は咄嗟に弓道場から離れた。
なんでその時、逃げたのかわからない
けれど俺はそれから毎週弓道場に通った。
こっそりとその背中を見つめる。
他の日はなんでもない様に美術室で過ごして
月曜日は七種の背中をこっそり見守った。
七種はいつも同じ所でやめてしまう
色々とネットで調べてはみたものの
結局弓道の事はよく分からないままだった。
怪我、とか?
でも前にお喋りな友人が言ってたのは大会がどーのってやつ
スポーツを今まで全くやった事が無いわけじゃないけれど
俺は飽きたら辞めてしまうから
ずっと続けてる人の気持ちなんかわからない
何もしないのがいいのかもしれないけれど
知ってしまった手前
それが七種のことなら尚更、放っておけるわけがなかった。
たとえ余計なお世話でもなんでも俺は望んでしまったから
だからこれも俺のわがまま
俺は本物の弓を引いてる七種が見たい
七種の音が聴いてみたい
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