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3章 生死救済
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死と生は対義語であると世間では囁かれている。
よく二つは比較物として取り扱われる。生が日向にあたり死が影に追いやられ死ばかりが批判されるのだ。平等ではない世界が投射されている。
本当に曖昧な概念である。人それぞれによってとらえ方は異なり、輪郭など好き勝手できるくせに私たちは逃れられない。
姿が見えない殺人鬼だ。自分の影のようにそれらは常に私たちの背後に立って今か今かと首に鎌を抉り刺そうと息を殺している。
私はこう考える。死ぬということはまさしく解き放たれることではないか。
なぜ死を空虚と結びつける。
死んで救われる命だってあるはずだ。救われなくても、その死が誰かの利益につながることだってあるはずなのだ。家畜を殺すのだって、私たち人間が生きて飯を食らう必要がある、犠牲の死だろうに。
そもそも死という現象はそれほど悲しいことではない気がする。
人が死ねば皆朝露のような涙を流す。見た分には悲しみの涙ではあるが、果たして透明なのは何人いるのだろうか。
人は考えるから人でいられる。主体的な思考は個性別に違う。
死者をあざ笑う涙、蹴落としてほくそ笑む涙。一体だれがそれを見分けられるというのか。結局のところ他人の考えなど、わからなくて至極当然なことなのだ。
例えずっとそばにいる人間だって同じこと。貴方の隣で笑っているその人は、本当に笑っているのか甚だ怪しいものである。
もしかすると邪悪がとぐろを巻いていて、隙を見せれば絞殺されるかもしれない。絶対にあり得ない。なんてことがあり得ない世界で信じられるものなど、たった一つもありはしない。
だからルナが私を裏切ったのも、致し方ないことなのだろう。
私が外出をしている間に私の部屋に忍び込んだルナは窓を背にして大きく目を見開いている。
強い雨が窓を強くたたいた。水滴に濡れたガラスを背にして立ちすくむルナの濁った青が私を捉えた。
「見てしまったのかい。悪い子だ」
なるべく低く落ち着いた声音を意識する。ルナを怖がらせないように。狂気などに陥らせないように。優しく語りかける。
だがルナの表情が和らぐことはなかった。相変わらず強張った表情筋はもうゆるむことはないだろう。
「これは」
震えながら声帯を動かしたルナの顔に恐怖の色がはっきりにじむ。
私が認識する中で、このようにルナが感情を露にすることは今回が初めてだった。透き通っていたいつもの透明さは失われ、人間臭い本能が牙をむく。
ああやはり。
「知らないことを知ってしまった気分はどうだい?」
怯えるルナの姿はとても素敵だ。
「あっ」
「おびえているね?何に怯えているんだい」
残念でならないはずなのになぜこうも興奮しているのだろう。初めてルナと視線が交わった時のような緊張感や興奮がアドレナリンを分泌して私の笑顔をゆがませる。
「こっれは一体」
「もう少しルナが美しくなるまで待っていようと思ったんだ。もう少しでその紙の束を纏め上げられたというのに、とても残念だ」
本当のことだった。
ルナがいいつけを破らなければもう少し待ってあげたものを。
結局ルナは私より知識への欲求を選んだ。つまりもう私が愛すべきルナは消えた。純粋さは約束を破るという贖罪に塗りつぶされてしまった。
だけど、ルナ。君が消えようが私は君を愛している。愛すよ。なぜなら君は私の運命なのだから。愚かな信者の罪を浄化する神のように。いくら汚れてしまっても、私はルナを許そう。許す。受け入れる。認めよう。
君はやはり人間だったのだ。
浅はかで醜く思慮深く、感情に左右される、ただの人間なのだ。
怯えさせぬようゆったりと距離を埋める。やがてルナの香りが鼻腔に届く距離にまでくるとルナは真っ青な顔をして私を見上げた。
ルナの赤く熟れた唇が言の葉を紡ぐ前に私のそれで塞いだ。接吻というにはあまりにも奇妙で禁忌の匂いが鼻についた。
おかしい話だ。こんなにも私は優しくそっとキスをしているのにルナの震えはひどくなるばかり。ついには涙を頬に滑らせた。そんな姿さえ愛おしい。
ルナが愛おしすぎてどうにかなりそうだ。頭がおかしくなってしまったのか。
いや、他人を想うのがならば、これが愛なのだろう。
ひどく歪んでいてしかし一途な想い。
私だけの想い。
私は愛に狂ってしまった。
「とおっさ」
せめて完全に堕落してしまう前に、私が美しいまま抱いてあげよう。
これ以上醜くなるルナは、見たくないから。
「愛しているよルナ」
慈愛に満ちた声音で囁きながら私はルナの首筋に指をくいこませた。
掌に伝わる脈が弱くなる。目が虚ろになりつつあるルナへ、私は最後に囁いてあげた。
「愛しているよ、ルナ。私の運命。哀れなルナ」
これからもずっと。私の愛は君だけのものだ。
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