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大谷君⑦
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永瀬君に連れて行かれたのは、永瀬君の家だった。
俺の家も結構大きい方だと思っていたけど、永瀬君の家の方が大きい。庭は道場がある分俺の家の方が広いけど、ここで永瀬君は小倉君と二人暮しをしていると言った。
一階にある一番近い扉に通された。一つの空間にリビングとダイニングがあり、開放感のある広い部屋だ。
ダイニングは足の長いテーブルとスツールだが、リビングはローテーブルとソファだ。
ソファーは、テーブルの縦と横の長さに合うように途中からカーブしている。
永瀬君にソファーに座るよう促された俺は、一番端に座った。
紅茶を入れてきた永瀬君は、俺のすぐ隣に座った。
ドキドキする、どういう態度を取っていいか分からなくなる。
「紅茶、ありがとう」
「どういたしまして」
「ご両親は?」
なんの会話もなかったから、俺から質問してみた。質問する事があるのは良い。会話に困らない。
永瀬君は紅茶を飲んでから答えた。
「海外だよ」
「何してる人なの?」
「なんか研究してるらしいよ。詳しくは知らないんだけど、両親とも同じ研究をしててね」
「へぇ。永瀬君も将来は研究職に就くの?」
「今は特にやりたい事もないし、その可能性は低いかな。大谷君は?」
「俺? うちの両親は普通に家にいるよ。父さんがサラリーマンで、母さんが昼間飲食店でパートしてる」
「三人暮らし?」
「兄貴がいるよ。なんか大学の事務員やってるらしい。おじいちゃんもいたんだけどね、三年前死んじゃって、空手道場やってたんだけど、今は道場は畳んで俺と兄貴だけが使ってる……って関係ない事までごめん」
「なんで?」
永瀬君が俺の前のテーブルに紅茶を置きながら、色っぽい笑みを浮かべた。
それだけで心臓がバクバクしてしまう。ハニートラップなのは分かっているのに、その目を逸らせない。
少しずつ永瀬君の顔が近付いてきた。
こ、これは……き、き、き、キスというやつ!?
「大谷君の事、教えてくれないの?」
と、耳元で囁く声。
キスって思ったのは勘違いだ。恥ずかしい、余計に顔が熱くなる。
「な、なんで知りたいの?」
なんでそんな質問をしてしまったのか、質問をしてしまった後で悔やむ事になった。これじゃ、永瀬君に告白を促してるみたいじゃないか。
「未来の愛人候補だからね」
永瀬君はそう言いながら俺の向かい側に座った。にっこりと微笑んでいる顔は、いつ見ても色気を感じさせる。
「そっか……」
「そこ何か突っ込んでよ、冗談だよ」
「そういうのは苦手だ」
「あはは。うん、知ってる」
好きだ。永瀬君が好き。堂々と胸を張って言いたいのに、君の愛人達の存在が邪魔をする。
「ね、大谷君」
「なに?」
「君が言えないようなら僕が言おうと思って」
「なにを?」
永瀬君は笑顔を浮かべるも、少し寂しげだ。
「これは冗談でも遊びでもなんでもない。夏休みに最後会った日からずっと悩んでた事だ」
「何……を?」
「僕は大谷春樹君の事が好きです」
「え……」
永瀬君は真剣な眼差しを俺に向けている。本気と思いそうになる顔を。
「ご、ごめん。えっと……ごめんっ!」
俺は立ち上がって、永瀬君の家から飛び出した。
どうしていいか分からなかった。これじゃ逃げたも同然……永瀬君の告白を拒んだも同然だ……。
頬が濡れた。こんな時に雨か、と思ったら涙だ。
どうして? どうして? どうして?
その疑問だけが頭をぐるぐる回っていて、永瀬君の元に戻らなければ──そう思うのに、俺の足は戻ろうとしてくれない。
どこまで走っただろう。気付くと駅近くまで来ていた。
「……大谷?」
振り向くと篠田が一人でいた。
「篠田、皆は?」
「さっき解散して、これから帰るとこ。大谷は?」
「お、俺ももう帰るとこ」
「すげー顔赤いけど、どうした?」
篠田は心配そうな顔をして、俺の顔を観察するように見てきた。
「な、なんでも……あ、あの……篠田、俺、どうしよう」
いっぱいいっぱいだった。誰でもいいから話を聞いて欲しかった。一人では抱えきれなくて、格好悪い話、誰かに縋りたかった。
「どうした?」
「永瀬に告られて……」
「アイツやっぱホモだったのかよ、キモいな」
「えっ、いや、俺は別に嫌じゃなかったんだけど」
そもそも俺の方が先に永瀬君を好きになったんじゃないかと思うしね。これじゃ永瀬君が一方的に俺の事好きみたい。
「だけど?」
「俺、心の準備がまだ出来てなくて……どうしよう?」
「お前も永瀬の事好きだって事?」
「う。うん、好きだよ。なのに永瀬君のところから逃げてきちゃって」
「ふーん。俺は反対だけどな。あんなカマ野郎、不良共に犯されてればいいよ」
「そんな言い方良くないよ。永瀬君はとても優しい人で、色々苦しい事も抱えて、辛い筈なのにそれを見せないんだ。彼を支えたいんだ」
「ま、次会った時にでも謝れば?」
なんだろう、篠田。まぁ所詮は他人事だ。適当な態度を取られても気にしてはいけないな。
「そうするよ。ごめん、こんな話聞かせて」
「いいや。じゃあな〜」
「うん、バイバイ」
その日の夜はあんまり眠れなかった。ずっと永瀬君のことを考えてた。告白してきた理由とか、愛人達は? 彼氏は永久欠番がいるって言ってたのに……明日聞こう。
それからちゃんと返事をしよう。
翌日。教室に入ると想定外の事が起きていて、俺は出入口で立ち止まったまま唖然とした。
永瀬君やその愛人達は既に登校していて、多分、俺を冷めた目で見ているように感じる。
黒板には真ん中に「永瀬と大谷はラブラブ」と大きく書かれてあり、余白に「ホモ」とか「キモい」とか、侮辱するような文字が書かれている。
「な、なんなんだこれは?」
「やっと大谷が来たぜー。おい、永瀬と付き合ってんだろ? 皆の前でいちゃついてみろよ!」
そう言い出したのは篠田だ。
周りの早く登校しているクラスメイト達が奇異の目で永瀬君と俺を見ている。困惑している者もいれば、嘲笑している者もいる。
まさか、昨日俺が永瀬君に告られた話をしたから……?
篠田、俺とお前は友達じゃなかったのか? なんて事をするんだ、コイツは……。
「ふざけるな! 篠田、黒板を消せ!」
「は? なんでだよ。事実だろ? 自分が恥ずかしいからって逃げんのかよ?」
「お前がやっている事はいじめだ! 自覚しろ!」
黒板の文字を消そうとしない篠田に呆れ、代わりに俺が卑劣な文字達を消した。
裏切られた。
ずっと友達だと思っていた。永瀬君から篠田はあのまま放置していたらいじめっ子になっていただろうと聞いた時も、まだ篠田を信じる余地があった。
だから友達を続けていたというのに。
教卓の前に立って篠田を睨む。
「篠田、謝れ! 永瀬君に謝れよ」
「はぁ? なんでだよ!」
「彼を侮辱したからだ。俺はいいよ、でも永瀬君に謝るまでお前を許さない」
教室全体がシンと静かになった。篠田はバツが悪そうな顔で俺を見ている。少しは罪の意識があるんだろうか。
それならまだ取り返せる。きちんと罪を認めて反省して、永瀬君に謝れば、また友達に戻ってもいいと思う。
けれど最初に口を開いたのは篠田ではなく、永瀬君だった。
「あのさ、大谷君? 怒ってるところ悪いけど、僕はアイツだけじゃない、君にも怒りを感じている。
なんで篠田が僕と君の関係を知ってるの? 付き合っちゃいないけどさ」
「ごめん。昨日あの後篠田に偶然街で会って、話してしまったんだ。その、すごく動揺していて……」
「僕の告白に動揺したって事だよね。君の負担になるなら、その事は忘れてくれ。僕はもう君と関わらない」
怒りだ。永瀬君は怒りの顔をストレートに俺にぶつけた後、教室から出ていってしまった。
「おい、莉紅っ! 大谷君、後でちゃんと謝れよな、ったく……」
佐々木君が先に永瀬君を追いかけた。
「大谷君なら莉紅様を任せられると思ったのに、失望したわ」
梅山さんも続いて教室を出ていった。
「篠田、莉紅に謝らなければ俺が制裁する。
大谷君は……ちゃんと自分の気持ちに向き合って欲しい。莉紅の気持ち聞いたでしょ? あれは俺達も承知している事だから」
小倉君もそれだけ言うと永瀬君達を追いかけていってしまった。
それから篠田達のグループから抜けた俺は教室で一人になった。まだ永瀬君に謝罪も出来ていない。
あの事件から一ヶ月が経っても、俺は永瀬君への気持ちを伝えられずにいた──。
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