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小倉君②
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「それでどうなったの?」
俺の話を黙って聞いていた夏希ちゃんが、俺を軽蔑するでもなく、憐れむでもなく、馬鹿にするでもない、純粋な瞳を向けて続きを促した。
莉紅にこの家を出ると言ってしまって、一人で部屋に引き篭るつもりが、夏希ちゃんまでついてきてしまった。
部屋で二人きり。夏希ちゃんはベッドに、俺は学習机の椅子を逆向きにして、向かい合って座っている。
夏希ちゃんと話していると、つい心を開きすぎてしまう。ここまで話すつもりはなかったのに。
「殴られたんだよ、莉紅に」
「なんか男の子同士の友情? みたいな?」
「違うと思う」
「そうだよねぇ」
夏希ちゃんはクスクス笑った。可愛いな。こんな子が俺を好きだなんて。
早く返事をしてあげなきゃバチが当たるってものだ。
なのに、なんでかな。なんでまだ緑を忘れられないんだろう。
きっと今夏希ちゃんと付き合ったら、俺は夏希ちゃんを緑の代わりにしてしまう。それは嫌だ。
彼女だけを真っ直ぐ見れるようになるまでは、返事はしない。
「それで愛人になったんだ?」
「そ。次の日に莉紅が、恋人にはなってやんねぇ、でも愛人くらいにはしてやるよってね」
「上から目線半端ない。今の莉紅君からは考えられないね」
いつも莉紅様莉紅様言ってたから、急に莉紅君って言うと違和感ある。そっか、俺も夏希ちゃんももう莉紅の愛人じゃないんだもんな。
「今の方が攻撃力は上がったけどね、昔は口悪かったよ」
「昔って言っても二年前だけどね」
「うん。なんか長く感じたな、この二年。莉紅は絶倫だし、性欲モンスターだし」
「性欲凄いよね。体力有り余ってる感じ」
笑う夏希ちゃんの前で、涙が流れた。あれ、おかしいな。泣くつもりなかったのに。
「莉紅君の愛人じゃなくなって、寂しいの? それとも緑さんの代わりじゃなくなった事が悲しいの?」
「そんなんじゃ……。俺は、俺なりに、莉紅を……。多分、分かんないけど、俺、莉紅の事嫌いじゃなくなってた」
「そうでしょうよ。それだけずっと一緒にいて、嫌いなわけない」
「俺、莉紅に酷い事言った。莉紅が本当はメンタル弱いの知ってるのに。緑の代わりだったなんて、なんて事……」
莉紅が一瞬見せた、傷付いた顔が頭から離れない。謝ってもずっと残るんだろう。もう俺と莉紅の信頼関係は破綻したも同然だ。
「莉紅に救われて、この家に住まわせてもらった。もうここにはいられない」
「バカね。謝って、仲直りして、それでいいのよ。莉紅君がどんな人間か、一番よく知っているのは葵唯君でしょ?」
「ドS」
「あはは、一番最初にそれ出てくるの」
「笑顔を見せてくる時は、俺を安心させようとしている時だ。思いやりがあって、優しくて、怒ると物凄く怖い」
「分かるなぁ」
夏希ちゃんは頷きながら聞いてくれる。莉紅の何倍も優しい。
「一度決意したら絶対に曲げなくて。嘘が嫌い。面倒見良くて、俺の好きな紅茶をいつも淹れてくれる」
「莉紅君の事大好きじゃん」
目からとめどなく涙が零れていく。
ずっと自分の気持ちがよく分からなかった。莉紅を緑の代わりにしようと思って、愛人になった。
でも、莉紅は莉紅でしかなくて。
俺は莉紅をどう思っているのか分からなくなった。嫌いなのか、嫌いじゃないのか。
「……グスッ……そう、見える?」
「私はそう見えるけど」
夏希ちゃんがティッシュを渡してくれる。それで涙を拭いて、鼻をかんだ。
「なら、夏希ちゃんの言う通りなんだね」
「どうかなぁ?」
「夏希ちゃん、失望させてしまうかもしれないけど、俺は自分の事を一人で決めるのが苦手なんだ。
最初は緑が言った通りにしていて、今は莉紅が言ってくれる」
「あぁ、だから命令に従うってやつやってるの?」
莉紅とのプレイ中。俺は莉紅に指示された事を拒まない。どんな痛くても、だ。
安心するんだ。人に命令されると。
「命令されるのが好きなんだ、俺」
「それ、プレイ中だけじゃなくて私生活でもって事?」
「そうだよ」
「でも、今まで葵唯君は自分で考えて莉紅君に内緒でしてきた事あったでしょ」
山野辺君をお仕置きした時の事かな。莉紅が寝ている間に地下室に監禁して、夏希ちゃんが性器ピアスを着けたんだよな。
「全く出来ないわけじゃないけど、やっぱり怖いよ、自分で考えて行動するのは」
「大人になってから困っちゃうじゃない」
「だから、夏希ちゃんが俺の道標になって、くれない……よね?」
あー嫌われた。完全に嫌われた。
夏希ちゃん、呆れ顔してるもん。こんな頼りない男と付き合いたいわけないよね。
「それは無理だよ。葵唯君に必要なのは自立心だね。私はお互い支え合えるようになりたい。
どちらかが頼りっぱなしな関係って、パートナーって言える?」
「だ、だよね」
「その上で、私が葵唯君のその部分を支えるから、葵唯君は私の至らないところを支えて欲しい。
短所を補い合おうよ。ね?」
「うん」
短所を補い合う……か。俺にはそんな発想も出来なかったな。そうか、人は支え合って生きていくものなんだな。
夏希ちゃんを、本気で好きになって良いだろうか?
緑。いいかな。
君なら良いって言うんだろう。でも、まだ俺の心には君がいるんだ。
未練が残ってる。君に好きだと言えなかった未練が。
「夏希ちゃん。明日、一緒に来て欲しいところがあるんだ」
「えっ、デート!?」
「ま、まぁ、そんなところ。
ちょっと遠出になるんだけど、いいかな?」
「もちろんよ!」
心臓が早くなる。眠れないから、夏希ちゃんに一緒にベッドに入ってもらった。
向かい合って、夏希ちゃんと目が合うと余計眠れなくなった。好きだな。この子が好きだ。
あと一日だけ待って欲しい。
告白の返事は高校卒業まで待ってくれるっていってくれたけど、そこまで待たせるつもりは最初からなかった。
もうお互い莉紅の愛人同士じゃない。自由に恋愛して、二人だけの将来を見たい──。
朝起きると、夏希ちゃんはもう準備を終えていた。
白いブラウスに、ウエストから足首までの青いロングスカート。レース付きの靴下を履いている。
どこからどう見ても可愛い女性だ。そこらにいる女性は誰も敵わない。
俺はというと、莉紅にどんな顔を見せればいいのか分からなくて部屋から出る勇気が湧かなかった。
「おはよう」
「おはよ。莉紅、下にいるかな?」
「アッキーと一緒に朝アニメ見てるよ」
「邪魔しない方がいい?」
「おバカ。逃げる言い訳考えてないでさっさと謝ってきなさい」
俺の魂胆は見え見えだったようだ。
すぐに着替えた。Tシャツの上にカジュアルシャツを着て、ボタンは付けずに放置した。黒いズボンを履いて下へ降りる。
リビングに入ると、ソファーに和秋が座って、莉紅が和秋の膝に頭を預けて横になっていた。
視線はテレビに釘付けだ。女の子が変身して戦うアニメを見ている。
「お、おはよう」
「おはよーん」
「葵唯、おはよ」
俺が挨拶をすると、莉紅はダラダラした様子で返事をして、和秋も今にも寝そうな顔をしている。
「り、莉紅! 昨日はごめん、あんな事言って。最低だったと思う」
すると莉紅が起き上がって俺の前に立った。
「あんな事? 葵唯は僕になんて言ったんだっけ」
「え、えと。莉紅が緑の代わりだって言った」
「そうだね、そうだね。なんて事言うんだコイツって思ったよ。他には?」
「え?」
「他にも酷い事言ったよねぇ? ほら」
「許して、下さい」
「ふふっ、怒ってないよ。朝ごはん、和秋と作ったんだよ。初めての共同作業ってやつ。絶対おいしいから食べて食べて!」
「うん」
莉紅は本当に和秋と付き合いだしたんだ。夢で聞いたような感覚だったけど、綺麗に盛られた料理を見て実感した。
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