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永瀬君②
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緑が僕と葵唯が似てるとか言い出したから、どんな顔をしていたか気になって、久々に葵唯の顔を見た。
葵唯は顔色が悪く、げっそりと痩せてしまっていた。
好きな人が余命三ヶ月って聞いたんだ、そりゃ元気なくなるよね。僕と同じように。
この時の葵唯は見ていられなかった。
ちょうどお見舞いで顔を合わせた日。一緒に病院の外まで歩いている時に、僕は葵唯に言った。
「葵唯。僕さ、緑に病名と余命三ヶ月って話したから」
「は……はぁっ!?」
もうとっくに両親から緑に告げられた宣告。これでまた僕に怒りが向くでしょ。悲しみより怒りの方が、少しはマシだと思った。
この時の僕は傲慢だったんだ。
葵唯は自分より格下だと思ってたし、可哀想な葵唯の為に犠牲になってやるか、なんて上から目線で葵唯を見ていた。
「緑がどう思うんだよ」
「僕なら何も知らずに死ぬより、知って死んだ方が良い」
「それはお前の場合だろ、緑は……」
「緑は僕の考えでした事なら受け入れてくれるから」
あぁ、凄い憎しみの目だ。葵唯、そんなに僕が嫌いなんだね。僕も多分この世で一番君が嫌いだよ。
せめて緑には笑顔でいた方が病気の進みも遅くなると思って、毎日会いに行っては楽しく喋って、いっぱい笑った。
葵唯もいたし、病院だからエッチな事は出来なかったけど、キスは何度もした。
緑は僕の手を握ったまま亡くなった。
葵唯は死に目に会えなかった。会えなかった方が良かったかも。
手に残る最後の君の感触。弱くなってしまって骨を握っていると思わせる手。
葬式が終わってからは、何もする気が起きなかった。最初は布団の中で泣いてたけど、何日も過ぎると涙も出なくなった。
母さんがたまには外に出ろって言ってきたけど、そんなの無理に決まってる。
一緒に死ねば良かった。
息を引き取った時に、僕も一緒に死ねば……手を繋いだまま。
そんな事思って、後悔しながらただ息をしていた。
涙も枯れて、もう生きる気力もなくして、もうこのまま引き篭ろうかな、なんて考えていた時。
急に葵唯がうちにやってきた。
一番見たくない顔。最悪。
「永瀬。そんなところで丸まってても仕方ないだろ。学校来いよ」
君はもう立ち直ったの? そんなわけないよね、八年も片思いしてきた人が死んだんだ。
悲しいんだろ? なんで僕の所にきたんだよ。
「誰かと思ったら小倉か。僕の事、大嫌いなのによく来たね?」
「大嫌いなんて言ったかよ」
はぁ!? 言わなくても分かるだろ、バカじゃねぇの? 早く帰ってくれよ頼むから。
「顔にそう書いてある」
「まぁ間違いじゃないけど」
「今お前の顔一番見たくない。帰って」
あー初めてかも。コイツに僕の本音を話すの。
いつも上っ面の笑顔で心にもない言葉しか言ってこなかったし。
優しくしてたのは、同情と僕自身が優越感に浸る為だ。もう優しくは出来ない。
「嫌だ。俺だって、緑が死んで悲しいのにさ、なんでお前一人だけが悲しいって顔してんだよ。ざけんな! ざけんなよっ! お前なんかいらなかったのに!!」
お前の方がいらなかった。
「馬鹿みたい。僕さえいなければ緑が自分のものになっていたとでも?
勘違いオツ。緑がお前みたいな陰キャ好きになるわけねぇだろ」
「そんなの自分が一番よく分かってるよ」
「不快だろ? もう僕に近寄んな」
コイツとここまで言い合ったの初めてだな。
これで僕と縁を切ってくれれば万々歳だ。
「嫌だって。なぁ、俺ら付き合わないか?」
──……ん? 聞き間違いか?
なんか告られた気がするんだが。嘘だと言ってくれよ、なんでお前なんか。
「俺が緑の代わりになるからさ」
ふざけんな、畜生が、テメェ如きに緑の代わりが務まるか、死ねよ、死んで僕の前から消えろ、このカス!
この世のあらゆる罵詈雑言の言葉が頭の中に流れた。
嫌い。嫌い。嫌い。嫌い。
衝動的に僕はベッドから降りて葵唯をぶん殴っていた。緑が死ぬ前までは毎日腕立て伏せやってたから腕力には自信があったけど、人を殴るのは初めてだった。
葵唯の右の頬にクリーンヒットして、葵唯は無様に床に倒れ込んだ。
「バカが、このクソ! 出てけよ!」
葵唯は涙目になっていて、逃げるように部屋から出て行った。
緑の言葉が頭に流れた。
「俺が死んだら、二人仲良くして欲しいんだけどな」
ああ……。僕は何をしたんだろう。
葵唯を殴ってしまった。泣いてた。
葵唯は葵唯なりに僕を心配して来てくれたのに。今日僕に見せた顔には敵意は一切見えなかった。
もしかしたら僕と一緒に立ち上がろうと思ったのかもしれないけど、もう憎悪の感情はなかったんだ。
葵唯を彼氏にする事は出来ない。
やっぱり僕の彼氏は緑以外にいないから。このまま一人で生きて一人で死んだら、あの世とかで緑とまた一緒になるんだ。だから……葵唯は末席にでも置いてやるか。
その翌日。僕は登校前に葵唯の住んでるボロアパートの前で葵唯を待った。
出てくるなり、葵唯は僕の顔を見てボーッとした顔のまま立ち止まる。
「永瀬……」
「おい小倉。恋人にはなってやんねぇ、でも愛人くらいにはしてやるよ」
「なにそれ。昔からほんとお前って上からな。そういうところ嫌い」
「そう。君の卑屈なところ、僕も嫌いだけど」
お互い嫌いなところを言い合いながら登校して、結局愛人関係になる事に決まった。
愛人って言っても、何していいか分からないから、とりあえず一緒に昼休み過ごしたり、一緒に帰ったりした。
もう来年になったら受験生だ。僕と葵唯はよく図書館で勉強したりしてた。
冬になって、僕と葵唯は意外と仲が良くなっていた。
同じバンドが好きだったりとか、同じテレビ番組見てたり、同じ漫画が好きだったり。
普通に話が合うんだ。今まで気づいていて、知らないフリをしていたと思う。
僕は葵唯に少しずつ心を開いてた。
気付いたらお互い下の名前で呼び合っていて、それが自然になっていった。
僕達の関係は良好に思えたけど、葵唯の様子がおかしくなった。
前にもあった事だ。昔は葵唯がおかしい内に緑と距離を近付けようなんて卑怯な事をしていたけど、今は違う。
葵唯は僕の愛人だ。守るべき人だと思ってる。
でも、それとは別に自分の精神面も良くなかった。
夜中に緑の夢を見て目が覚める日が多かった。寂しかったんだ、葵唯だけでは緑を失った穴を埋めるには不十分だった。
そうやって、他にも愛人を作って葵唯への注意を怠った。
クラスメイトの男子に色目を使って、僕を好きにさせてから、愛人にした。
でも大抵は僕の中身を見て離れる人ばかりだった。
愛が重いとか言われたっけ。
「君は愛人でしょ? 愛人なら、僕に尽くしてよ。葵唯は僕の為になんでもしてくれるよ」
って言った。だって、葵唯は僕を緑の代わりにしてるから、僕を大事にしてくれる。
気付いてないとでも? 葵唯、君を知れば知る程、僕も辛くなるんだ。
誰かに愛されたかった。緑が愛してくれたみたいに。
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