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❖デビュー
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雲ひとつない青空が俺の心情を代弁していた。
空気がおいしい。
真新しい校舎に笑顔で入っていく子どもたち。
今日は新入生の入学式だ。
「それでは、みなさん。今日から1年間この教室で楽しくすごせるように、1人ずつあいさつをしましょう」
担任の若い男性がハキハキといって、名前順でもっとも早い窓際の男の子に自己紹介をうながした。
「はい! 有坂まさとです!」
「はーい、元気いいですねえ」
偶然なのか奇跡なのか、陸と誠くんは通路を挟んだ隣同士の席だった。
落ちついた様子で座っている誠くんとは違い、陸は机に広げた紙になにか書いている。
「はい、では次。松本くんかな?」
「! リクですっ。陸しゃんていいますっ」
個性の強いあいさつに笑いが起きる。
「はは、陸くんはお茶目だね」
「ちゃめ?」
「かわいいねってことだよ、リクくん」
隣で「すわって」と陸の手をつかむ誠くんは、最早お兄さんのようだ。
「ちゃめ」
「おちゃめ。あとこれ、せんせいに出すんだよ。おえかきしちゃダメ」
「パプしゃんかわいいのっ、けさないぃ」
……平和な会話だ。
陸が他の子よりも発達が遅れているのは知っている。
だが、それでも個人差があって当然だ。
って……親バカか。
「パプ〜」
「陸くん、これあげる。だからこっちにかいて」
誠くんが白紙をそっと陸の席におく。
自分でつくったあのパンプキンが相当気に入ってしまった陸はさっそくお絵描きを始めた。
「今日みんなに配った紙は、仲よくしましょうの意味をこめた自己紹介プリントです。お父さんやお母さんといっしょに考えてみてくださいね」
「はーいっ」
元気な返事が重なり、妙に緊張してくる。
俺も保護者としてここに立っているんだ……
そう考えると恐ろしい。
「あなた、今おいくつですの?」
「え」
簡単な自己紹介ゲームが始まって数分、ぼんやりと立っていたところに声をかけられた。
30代前半、くらいだろうか。
小綺麗な格好の女性だ。
「あ、ごめんなさいね。とてもお若く見えたから……」
「いえ……22です」
「まっ、22……!? えっとぉ、お兄さんかしら」
ふと思えば、なんと言うべきなのだろう。
父親……若すぎる、か?
陸が産まれた頃には、俺はまだ高校生だ。
「……親戚、みたいな感じです」
「あら、そう……」
少し、いやだいぶ気味の悪い顔をされた。
はっきり父親だといえばよかった。
幼稚園の頃よりも他の保護者とかなり距離が近い。
知人もいるだろうが、あいさつしに行くほどの人もいない。
やっぱり苦手だ……人付き合いは。
「ゆしゃん! パプしゃんかけたのっ」
駆け寄ってきた陸の手元をのぞくと、誠くんにもらった紙を大きく使ってパンプキンが描かれていた。
陸は字を書くより絵を描く方が好きらしい。
「パンプキン上手だよ」
「ゆしゃんにあげる〜」
「はは、ありがと。家に帰ったら、さっきのプリント一緒にやろうな」
「やるっ! いっぱい、陸とゆしゃんとかいじゅーかくの」
「かいじゅー……」
亮雅さんの扱い、どうなってんだ。
あの男は自業自得だけど……
「帰ろうか」
「マーちゃんにばいばいしてくる!」
手を離れた陸が誠くんと保護者にあいさつをしに行った。
どうしてだろう。
穏やかな気持ちでいられるはずだったのに、これからのことを考えると頭がパンクする。
亮雅さんとの関係、陸の将来、親の責任……
いや、やめよう。
考えるのは意味がない。
「おうちかえる〜っ」
「昼ご飯さっきのとこに行くけど、なにがいい?」
「りょしゃんとこ?」
「そう。レストランのお子様セットが3種類あるから、選んでいいよ」
「うん!」
入学式も終わり、ランドセルを背負った陸とインテリジェンスホテルへやってきた。
つい2時間ほど前にもあいさつで寄ったが、昼食はここにしようと決めていた。
「いらっしゃいませー。あ、椎名くんじゃーんっ」
「お疲れさまです、ハタさん」
レストラン勤務のハタさんに席へ案内してもらい、和食セットとお子様オムレツセットを頼んだ。
なんだかんだ1年いるが、初めてここで食べる。
そもそも自社の食堂は別にあるから使う機会がない。
「おいしーオムライス?」
「食べたことはないけど、多分おいしいよ」
「お待たせしましたー」
テーブルに大皿が置かれて思わず小さく会釈をした。
同業なのに、よそよそしい。
「あ! りょしゃだっ」
「へ?」
陸の声に顔を上げてみれば、スーツ姿の亮雅さんが愉快げにこちらを見下ろしていた。
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