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「その刺青だって……普通の仕事、してるとは」
今泉という男の右手にはバラの刺青が入っている。
偏見だが、善良な市民が見える場所に刺青をするとはとても思えない。
「…………勘づかれたならしゃあないのう」
「え」
「せや、記念に教えたるわ。オレの仕事はこういうもんじゃ」
「っ」
ポケットから出てきたカッターナイフに悪寒がする。
刃先にわずかな血痕が見えて、体が硬直した。
「殺し屋っつうんか? 依頼を受けたら躊躇もせず人を殺す……それもサツに捕まらんようになぁ? 痛たッ」
「塗装屋だろ? なにいってんだバカ」
「ギャハハ! ちと、からかってみたかったんや。この血はオレが仕事中にアホやらかして切っただけやで。あんたホンマにおもろいな」
「…………」
「そない泣きそうな顔せんでや。めっちゃ悪者やんけ」
「そんな顔、してないです」
バツの悪そうな顔をした亮雅さんに抱き寄せられて安堵した。
「えらい嫌われてしもうたな。まあええわ……それより亮雅お前、なんで別れたんや。弥生ちゃんと」
「……それを知って電話かけてきたってか」
「せや。別に優斗くんと付き合っとろうがどうでもええが、昔はあない喜んどったのにな」
「!」
なんで知ってるんだ……そんなこと。
警戒心もむき出しで怪しい関西弁男を見やる。
「優斗、こいつはバイだ。俺たちの関係知られても問題はねえよ」
「せやせや、あんたはゲイやろ。まあ男の好きそうな顔しとるわ」
「娘はどうした」
俺を気遣ってか、話をうまく交わす亮雅さんにドクンと心臓がなる。
娘がどうということは、こんな男でも人の親なのだろうか。
「咲か? まだ病院のなかやで、今度でっかい手術がある予定や」
「手術……?」
「おう、兄ちゃんは知らんやろ。オレの娘は病気を患っとってな……脳にでっかい腫瘍ができとって入院中なんや」
「……」
後悔した。
見た目だけで判断してしまっていた自分に。
この男も人の親で、大切な娘は命の危険と闘っている。
「なぁ亮雅。こっちの話より、弥生ちゃんのこと聞かしてくれや。なんで別れなあかんねん」
「合わなかったんだよ。根本的に……あいつと俺は」
「なんでや? その子が絡んどるんか」
「今泉さん」
陸を指さす今泉さんを制止した。
5年前に会ったきりということは、陸がいることも恐らく知らなかったはずだ。
だから詳しい話を亮雅さんはしない。
俺も話せる状況ではなかった。
「はぁ……しゃあない、まぁええ。これ借りとったもん返すわ。悪いなぁ、ずっと返さんと」
「何年前のもんだよ……」
今泉さんが渡したのは、色あせたノートだった。
床に投げ置かれたノートをこっそり見る。
裏表紙に大量に書かれている寄せ書きは、亮雅さんに向けてのものだ。
『卒業おめでとう。大好きでした』
『卒業しても仲良くしてくれ!』
『また勉強教えてくれよな!』
卒業アルバムでもないのに、表紙を埋めるほどたくさん書かれている。
やっぱり愛されているんだ……この人は。
「亮雅と弥生ちゃんの結婚を祝福しとるやつは多かった。せやから、ちと残念や」
「もうやめろ。その話は」
「……へいへい、ほな今日は帰るわ。娘のとこに寄るさかい」
「ああ」
立ち上がった2人の背中を一瞥して、胸の奥で渦巻く違和感にフタをする。
俺のせいじゃない。
きっと亮雅さんだったら、そう言ってくれる。
気にしたらダメだ。
「優斗」
「……」
「…………お前はやっぱり男だな」
「え?」
戻ってきた亮雅さんは、俺の前に胡座をかくと手を差し出してきた。
「あの状況で陸を守ろうとするなんて、優斗は相当つよい男だ」
「……大げさ、ですよ」
「お世辞でもなんでもねえよ。こっち来いって」
「あっ」
手を引かれ、亮雅さんの腕のなかに埋まる。
熱い体が密着すると途端に恥ずかしくなって、目を伏せた。
「谷口がお前を鬼だと言っていたのも、あながち間違えちゃいねーな」
「悪口じゃないですか」
「褒め言葉だ、バーカ。どこも怪我してないよな?」
「はい……無傷です」
「ならいい」
心地いい。
亮雅さんの腕に包まれているだけですべてを忘れられる。
胸に顔を埋めて目をつぶれば天国だった。
このまま一生、こうしていたい。
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