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なんだか朝には弱い。
朝早くから宴会準備がある亮雅さんは先に家を出た。
こういう日は陸と2人での朝食だ。
「パンのあじする」
「パンだからだよ。ジャムつける?」
「いちごぉ」
「はい、貸して」
イスに置かれた陸のランドセル。
初めて1人でおつかいに行ったときはハラハラしたものだ。
今では学童の人たちがいれば1人でも学校に行く。
この1年で、すごい成長を感じている。
「いちごパン〜」
「おいしいな。あ、そろそろ出ないといけないよ」
「あたまナデナデする?」
「……ぶふっ、なんでだよ」
なで待ち体勢で頭をこちらに向ける陸に笑いをこらえきれない。
まるでインコだ。
「ほーら、早く食べて。のんびりしてたら遅刻するだろ?」
「んふー。ゆしゃん、パパみたい」
「っ……そうか?」
「うん! ごちさま! おみそも」
茶碗たちを重ねてキッチンに走った陸は、ていねいに流し台へ置いた。
こうしろと教えたわけではなかったが、自然と俺たちの真似をするようになった。
子どもはこうして覚えていくこともあるんだなぁ……
離れるのは少し惜しい。
まるでマスコットのような愛らしさすら感じる陸をひざに乗せて仕事がしたい。
そういうわけにはいかないのだけど……
「おはようございます」
「あぁ、椎名。おはよう」
課長にあいさつして席へ着くと、コピー機を使っていた桜田と目が合う。
とっさにそらしたのがマズかった。
「先輩、おはようございます」
「お、おはよう」
あまり2人きりにならないようにと亮雅さんに言われている。
悪いやつじゃないのだろうが、少し不安だ。
「そんな警戒しないでください」
「してない、だろ」
「その構えてる手なんなんですか。可愛いだけですよ」
「! 可愛い可愛いって……男にいうなよ」
「ねえ、先輩。お昼一緒に食べませんか?」
「悪いけど、外に買いに行くから……」
イスに座った桜田の視線を嫌というほど感じる。
「じゃあオレも買いに行くんで、一緒に」
「ついてくるなよ。1人が好きなんだ」
「……秘密。バレるとマズいんですよね?」
「ッ」
ニヤリと笑う桜田になにも言えなくなる。
最悪だ……
俺が一番弱いところを突かれてしまえば抵抗できないことをよく知っている。
亮雅さんに知られたくない。
順調に行くかと思っていた新年度の仕事も、天は俺に味方してくれなかった。
きてほしくない休憩時間が訪れ、桜田に連れられて休憩室へ向かう。
仕事中、亮雅さんと目を合わせるのも気まずかったというのに桜田はムカつくほど意気揚々としている。
「なんで休憩室なんだよ」
「先輩、単刀直入に言いますけど。年下は嫌ですか」
「は?」
単刀直入すぎて変な声がでた。
「オレ、年齢も身長も主任には勝てないし頭のよさでも勝てません……だけど、椎名先輩がずっと好きなんです。高校のときから」
「え……どういう」
「松本主任を見る先輩の目が悔しくて、主任に反抗心を見せたこともあります。ほんと、いっそ弱みを利用してオレだけの先輩にしたいとも」
「っ」
手首をつかまれ、心臓がバクバクと大きな音を立てる。
俺を見据える桜田の視線が怖くて、指先がしびれてしまう。
「先輩……どうして主任なんですか」
「桜、田……っもう、離し……」
弱み、好意、手をつかむ力。
そんなモノだけで俺の視界はゆがみ、呼吸が苦しくなってきた。
脅されるのは怖い……触られるのも怖い。
亮雅さんに会いたい、会いたいのに……
「先輩? どうして震えて……」
「は、離、せって……言ってるだろ……っ」
「え……す、すいません! 大丈夫ですかっ」
ひどい怯えだ。
想像してしまうほど心が荒れていく。
手が解放され、床に座り込んで呼吸をととのえた。
「は……っ、……」
「先輩……本当にすみません。傷つけたいわけじゃ、なかったのに」
「…………どこで、会ったんだ。俺と」
「……たぶん覚えてないですよ。5年くらい前です、オレは先輩に助けられました」
「助け?」
「はい。オレの親、水商売をやってて。結構エグい仕事だったらしく、中学の頃から"売春婦の淫乱息子"っていわれてイジメられてました」
5年ほど前なんて、一番人間に興味を持っていなかった頃だ。
「クラスで権力張ってるやつらにパシられて、挙げ句の果てに昼食の弁当持ってかれたんです。カバンの中身まで全部、裏庭で」
「……」
「そのとき、偶然きた先輩がオレに声をかけてくれたんです。"誰にされたんだ?"って。散らかったものを拾って、弁当までオレにくれたんですよ」
思い出せない自分が嫌になる。
桜田は本当に嬉しそうで、ごめんと言いかけてやめた。
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