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❖希望
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桜田がいうに俺は、ヒーローのようだったらしい。
コンビニで買った弁当をあげ、桜田が泣きながら話しているのを隣で聞いていた。
それが心地よかったと聞いたが、俺はどこか哀しげな目をしていたようで。
「先輩は疲れているのか辛かったのか、ずっと元気がなかったんです。なのにオレの話を聞いてくれて、オレをイジメてきた同級生に注意までしてくれたそうで……翌日からオレはイジメられなくなりました」
桜田の話が本当なら、元気がなかった理由は分かる。
あの頃はちょうど克彦がおかしくなっていて、俺も気が立っていた。
イジメというものが心底嫌いで、目の前でそれに苦しんでいる桜田を放っておけなかったのだろう。
「……ごめん、正直いうと全然覚えてない。俺だったって確信がほしいんだけど……なにか聞いた?」
「親に縛られるのは嫌だなって、先輩が自分のことを話したのはそれくらいでした」
「…………」
俺だ。確信した。
「桜田が思ってるより冷たい人間だぞ、俺は」
「浅木先輩から聞きました。椎名先輩は自虐が激しいけど根はすごくいい人だって。冷たい人間なんかじゃ、ないです」
「あいつ……」
「こうして先輩と同じ職場で働けて、本当に嬉しかったんです。主任の名前を知ったときは絶望しました。オレが先輩の隣にいたかったのに……」
「……」
なにも言えるはずがない。
固く閉じた口は貼りつけられたようだった。
「主任のことが……好きですか。教えてください、先輩」
俺が決して揺らがないと桜田は気づいている。
だから敢えて聞いてきたのだろう。
「……好きだよ。できるものなら、結婚したいとも思ってる」
「そう、ですか」
がくりと肩を落とすのが見えて視線をそらす。
同情なんて、俺にする権利はない。
「分かりました。そういうことなら、応援します。主任はムカつきますけど」
「……素直だな」
「そうですか? 先輩、付き合わせてすいませんでした。オレは後で戻りますから、先に食事へ行ってください」
「あ、あぁ」
満面の笑みを見せる桜田に急かされ、「それじゃあまた後で」と休憩室を後にした。
こんな自分を好きだといってもらえるのは恐縮する。
だが、亮雅さん以外の好意は受け取れない。
それがどれだけ辛い選択でも。
昼休憩を終えて事務所に戻ったとき、微かな手のふるえがまだ残っていることに気づいた。
一度でも恐怖を覚えるとこれだ。
治るどころか日に日に悪化している強迫的な不安のせいで、亮雅さんにも多くの負担をかけている。
「はぁ、落ちついてくれ……」
自身の手をにぎりしめてゆっくり呼吸する。
苦しくなったときは意識的に呼吸をするなと亮雅さんに教わって、実践することで少しは楽になった。
克彦の束縛があった頃はもっとひどい。
呼吸も安定しないし発狂しそうなほどの恐怖まで感じていた。
一度は走行中の車を降りようとしたくらいだ。
本当なら病院に通わなければいけないのだろうが、それも怖くて結局踏み出せていない。
「椎名」
「っ!」
背後から手をにぎられ、心臓が跳ね上がる。
「大丈夫か」
「松本、さん……」
「そばにいてやりたいんだけど、これから会議なんだ。少し耐えてくれ」
「……大丈夫、です」
手があったかい。
「おう松本、応接室行くぞ」
「はいー、支配人の手帳は俺が持ちます」
「ああ、助かる」
離れていく亮雅さんのぬくもり。
仕事中だというのに泣きそうになってパソコンをつけた。
ダメだ……手のふるえが消えない。
いつもなら、そろそろ治まっている頃なのに。
「……っ……」
「椎名くん? どうしたの、大丈夫?」
「あ……は、はい……大丈夫、です」
「顔色悪いじゃない。無理しなくていいから、おいで。看護室で休んだ方がいいわ」
叱咤するような美里さんの表情に言い返せず、後をついていくしかなかった。
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