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「ゆしゃん、おかえりっ」
陸の流暢なしゃべりに驚いた。
これくらい話せてもおかしくはないが、前は「おかえり」もぎこちなかったんだ。
「こんにちはー、お世話になってます」
「あ、お世話になります〜」
なんとか仕事を終えて亮雅さんと学童へきた。
毎日のように陸を小夜さんたちの元へ預けるわけにもいかず、放課後はここで見てもらっていた。
亮雅さんと2人で迎えにくるのは初めてだ。
「ゆしゃん〜。きょうねえ、陸とんぼつくったの」
「とんぼ? ああ、これ竹とんぼか」
「ぷあぁってとぶよ!」
「はは。なんだよ、その表現」
亮雅さんが学童の職員と話しているあいだに陸に靴を履かせた。
花と魚のバッジは陸のお気に入りだ。
「かしゃん、おまもり好きかなぁ?」
「プレゼントもらうことが少なかったから、陸にもらえてきっと気に入ってるよ」
「ほんと?」
「うん。今ごろ手首につけてるだろうな」
陸はなんだかんだ克彦が好きだ。
プレゼントに渡したのは誕生石のブレスレットで、ワンポイントには黒の鳥がついていた。
克彦にとって相当嬉しいと思う。
陸からのプレゼントは。
「帰るぞ」
「はい」
玄関を出ようとふり返ったとき、誰かと肩がぶつかり反射的に謝った。
「あら、ごめんなさい。見えてなかったから」
「いえ……こちらこそ」
誰かと思えば、入学式の日に声をかけてきた女性だ。
笑顔から一変、にらむようにこちらを見た後、ぶつけた肩を払って部屋に入っていく。
「……」
「気にすんな、優斗。ただのひねくれもんだ」
「はい……」
休憩以来、一言も話しかけてこなかった桜田のまぶたが赤くなっていたことでも気分が落ち込んでいたのに。
あんな顔を見たくはなかった。
____
やっぱり俺は人に甘えてはいけないのだと、ある日深く思い知った。
小学校でよくおこなわれる作文発表会がクラスであると知り、陸の学校へやってきた。
教室には保護者が集まり、みんな我が子が一番だと胸をはって待っている。
俺はこういう場がとにかく苦手だ。
子どもの頃から人前での発表ほど苦手なものはないし、それを静かに鑑賞する側も落ちつかない。
「ぼくは、とび箱がとっても好きです! これからのたのしみは、体育ですっ」
役職のない俺と違って亮雅さんはかなり忙しい。
こうして俺が学校にくるのは仕方がないことだ。
だが、陸の作文だけ聞いて早く帰りたい。
保護者からにらまれている気がして居心地がかなり悪かった。
「じゃあ次は、松本くん発表してみよう」
「はいっ」
陸が立ち上がり、ようやく聞ける安堵から息をつく。
「ボクのゆめは、おとしゃんになることですっ」
「プフっ……」
タイトルを読み上げた陸のしゃべりを、保護者の1人が嘲笑した。
陸の席は近くにあって、マス目の大きい原稿用紙
に陸が書いている文字も見えている。
『ぼくのゆめはおとうさん』
陸ははっきりと、そう書いていた。
「おとしゃんは、かっこよくて、やさしいです。でも、おこるとこわいです。ボクがダメなことしたら、おこられます」
頑張れ、ゆっくりでいいから。
「でもボクは、おとしゃがだいすきですっ。おシゴトつかれても、あたまナデナデしたり、べんきょおしえてくれます」
「……知ってる? あの子のお父さん、男と付き合ってるんだって」
「えっ? それ本当に……?」
「っ」
俺を横目に見て笑ったのは、"あの"女だった。
「ええ、本当よ。いつも楽しそうに2人で歩いてるんだって。だから子どもがあんなんなのよ」
「うわぁ……そういう感じ? 入学式から思ってたのよ、あの子ちょっと変わってるものね」
「そりゃあ親が男と遊んでるような病人だもの。あー、気持ちわる」
「……」
耳を塞ぎたくなった。
呼吸が苦しい。陸の声が聞こえない。
俺がなにをしたんだ。
ただ人を好きになっただけなのに。
みんなと同じように、愛したいと思っただけなのに。
「だからボクは、大きくなったら、おとしゃんになりたいです!」
陸の発表が終わり拍手が起こる。
機械的でなんの優しさもない音だった。
きっとみんな心中で嘲笑っているのだろう。
罪もない陸のぎこちないしゃべり方に。
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