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自宅には質素な空気が流れていた。
作文を発表した陸がうれしそうに話しているのを、亮雅さんが聞いている。
俺は家に帰ってから一度も口を利いていなかった。
利けなかった。
これはバチだ。
俺が浮かれてはいけない。
優しさに甘えたからこうなったんだ。
「ゆしゃんも、陸の作文たのしかったぁ?」
「……」
「ゆしゃんー?」
「……」
「……おい優斗、お前さっきからなんなんだ。帰ってから黙り込んで、返事くらいしてやれよ」
こちらにきた亮雅さんに肩をつかまれ、ひどい嫌悪感と怒りを覚えてその手をはたく。
「な」
「なにも知らないくせに……勝手なこと言わないでくださいっ」
「は? 言わなかったら分からないだろ」
「亮雅さんはいいですよね、仕事があるって……そうしとけば嫌なことは全部俺に任せられるんですから」
「なん……」
違う、言いたいのはそうじゃない。
「俺は嫌でも逃げられないのにっ……あんたはいつも仕事仕事仕事だ。そんなに光樹さんが好きならインテリジェンスの支配人にでもなればいいじゃないですかっ」
「ッ」
壁をつよく叩く音が響き、一瞬の静寂に包まれる。
次の瞬間には陸が泣きはじめた。
「…………出ろよ」
「え……」
「気に入らねえなら、いますぐ家出ろって言ってんだよ」
優しかった面影などまるでない。
怒りに満ちた亮雅さんの目に見下ろされ、つよい吐き気に襲われる。
唇をかんでカバンを手にした俺は、逃げるように家を飛び出した。
終わった。なにもかも。
俺は悪魔みたいな男だ。
陸は俺に、なんて言ってほしかったんだろう。
東京の空は雲が少ない。
枯れたように雨の降る気配がない空を見上げ、自嘲した。
「やっぱりダメじゃん……俺は幸せに向いてない……」
もう亮雅さんのところへは帰れない。
あんなにひどいことを言って、あれでは亮雅さんに嫌われても仕方がないことだ。
行く宛てがなく、とりあえずと公園にきた。
ベンチに座るのがやっとで、震える手をにぎる。
どうして俺が怯えているんだろう。
悪いのは俺なのに、被害者ヅラって。
「最悪……」
「キミ、大丈夫?」
突然声をかけられて萎縮する。
スーツ姿の知らない男は、俺を心配そうに見下ろしていた。
「……大丈夫、です」
「本当に? 顔色がかなり悪いよ。あ……そうだ、これよかったら」
「?」
「栄養ドリンクだよ。会社でたくさんもらってね……隣いいかな」
「はい」
遠慮がちな人だが、ごく普通のサラリーマンのようだ。
「鶴とか好き?」
「へ、鶴……ですか」
「そう。折り紙なら風情があったんだけどね」
手のひらに置かれたのは、タバコの銀紙で作られた鶴だった。
「実は僕は折り紙が好きでね。鶴以外にも作ってるんだ」
「そうなんですか……」
「うん、これとか。ネコ型のロボットもあるよ」
「……ぷっ、本当だ」
暇つぶしだろうが、男性の心遣いに呼吸が落ちついていく。
「その、傷をえぐるようなら言わなくていい。なにか嫌なことがあったのかい?」
「…………喧嘩をしてしまって」
「ああ……そっか。それはたしかに辛いよね」
知らない人に話すべきじゃないだろう。
弱りすぎている。
「すみません、変なことをいって」
「そんなことはないさ。もしこれから暇だったら、少しカフェに行かないか? こんな場所より落ちつけるだろう」
「でも……」
「あ、もちろん何もしないよ。ほら、僕にも家庭ってものがあるから若い子に手を出したなんてとんでもないバチが当たる」
乾いた笑いを見せる男性に警戒心がほどけ、軽く頷いた。
1人でグダグダしていても落ち込んでしまうだけだ。
そう思っていたのだが。
男性について行くうちに、カフェのある路地ではなく異様な雰囲気を放つ繁華街へ向かっている気がしてきた。
「あ、あの……俺、近場でカフェの場所知ってるんですけど」
「ああ、こっちにもあるんだよ。もう少しで着くんだ」
こんな夜の店が立ち並ぶ場所に?
理解するより先に足が動いていた。
「っ」
「どこに行くんだい?」
「離して、ください。用事があるんです」
「嫌だなぁ、嘘をつくなんて。一緒に行こうといっただろう?」
「やめろ……っ、離せよ!」
絶望する。人の優しさなど信用ならない。
馬鹿だ、俺は。
この人は大丈夫という保証もなかったのについて行くから、結局騙される。
肩をつかまれると、もう逃げられなくなった。
「嫌、だッ……」
「いいから、こっちに来いっ」
「おい!」
怒声とともに、男の腕が引かれる。
解放されてフラついた体を、支えるように何者かへと抱き寄せられた。
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