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亮雅さんが出たらなんと言おう。
言い訳ではなく、しっかりと謝って……
悶々と考えているうちにコールが終わった。
「……」
亮雅さんは出なかった。
いや、たまたまかもしれないだろう。
風呂に入っているとかスーパーに行っているとか、なにかしらしていれば電話にはそうそう出られない。
いつもは不在でも平気だった。
なのにどうしてか、今日は胸が苦しい。
折り返しがあるだろうと軽い気持ちで考えた俺は後悔した。
数時間が経ち、辺りが薄暗くなってきても亮雅さんからの着信はない。
「……亮雅さん……」
嫌われた。
俺はどれだけ弱い人間なんだろう。
まだその確証はないのに。
直接会いにいく不安は底知れなかったが、なにも行動しないでいるのも嫌だった。
気づけば亮雅さんの自宅付近にたどり着いていて、いつも帰っていた場所を見上げる。
陸に会いたい。
亮雅さんの笑顔にも、包まれたい。
だがそれは自分勝手な話だ。
傷つけてしまったのは俺の方なのに。
ドクドクとなり始める胸に手を当て、インターホンを押した。
ひどく手が汗ばんで怖くなる。
「出て、ください……亮雅さん……」
玄関のすぐ先にいるのに、こんなにも他人事に思えたのは初めてだ。
「お願い、します……」
きらきらと光って見えた日常は、いとも簡単に崩れてしまった。
数秒待ってもドアが開くことはなく、俺は踵を返そうとした。
「__はい」
「!」
ドア越しに随分と懐かしい声が聞こえた。
途端に鼓動が早くなり、服をにぎる。
「椎名、です……亮雅さん。すみません、すみ……ません」
「……」
「ひどいことを言って、亮雅さんや陸を……傷つけて、ごめんなさい。俺は……自分のことしか、考えてませんでした」
「…………社員寮の再申請は何度でもできる」
「__え?」
「お前が使っていた部屋、誰も入ってないから加藤課長にいえば今日の晩でも入れてもらえる。だから電話しろ」
「っ……」
絶望しかなかった。
ドア越しで、しかも淡々と告げられる冷たい言葉。
もう戻れないんだと思い知らされた。
楽しかった時間は、簡単に。
「分かり、ました……」
涙は出なかった。
ふしぎと心は安定して、あっさりと引き下がる。
大きな空間ができたような胸の違和感はあったものの、それが答えなんだと知って受け入れることができた。
課長に電話で聞いてみると、本当に部屋を貸してくれた。
懐かしい部屋に電気もつけず入るとすぐに崩れ落ちる。
絶望を超えると虚無になるらしい。
「嫌われ、たんだ……俺」
好きな人にフラれる絶望感と似ていた。
人は感情豊かだ。
それが正常であり、感情がない方が普通ではない。
指先で自身の腕を引っかく。
こんなことをすれば余計に嫌われることは分かっているのに、自分への戒めが他に思いつかない。
感覚が狂ってくると、痛みが快感に思えてきた。
やっぱり傷ついていた方が楽だ。
愛されるような人間ではないから。
今までずっと、そうされてきたのだから。
「____椎名、これが株式会社サンニチへの見積りだよ。宿泊もするみたいだから費用云々の確認をして郵送しといてくれ」
「分かりました」
いつもの日常に戻っていた。
課長から預かった書類を封筒にいれ、切手を貼りつける。
亮雅さんとは1週間ほど世間話をしていない。
仕事の会話は多少あるが、俺も亮雅さんも深く干渉しなかった。
「椎名先輩、ここの請求額がどうしてもデータと合わないんですけど……見てもらえますか?」
「ああ、いいよ」
何事もなく平凡に過ごしているかといえばそうでもない。
ナイフやカッターで切るまではしないが、自分の腕を爪で引っかくのが癖になってきた。
社員寮でなにもしないでいると落ちつかない。
スーツでいればバレないのをいいことに何度も傷つけてしまう。
「先輩……なにかありました?」
「え、なんで?」
「なんだか、先輩じゃないような気がするというか……あ、いや悪口じゃなくて。無理、してませんか」
「…………ないよ。変なこと考えてないで照合しろよ」
「あいたっ」
無理をしている感覚などない。
あるとすれば自分を傷つけたい欲くらいで。
手打ちで作成したひと月分の会計データを印刷し、亮雅さんの元へ向かう。
ファイルにはせるには上司の印が必要となるから、どうしても話さなければいけない。
「松本、主任」
「っ」
「先月分の売り上げです、印鑑お願いします」
「……ああ」
視線が合いそうになってそらされてしまう。
目も合わせたくないほど嫌われたのかと思うとやるせない。
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