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❖番外編❖怖くない
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寒い。そう感じて目が覚める。
だが起きてみればそんなに寒くはなかった。
まただ……
最近、寝つきがとても悪い。
隣で眠っている亮雅さんを起こそうかと思った。
どうしてか寂しさを感じるから、夜は嫌いだ。
もう一度目をつぶるが、まぶたの裏に嫌な記憶が張りついてくる。
「ん、ん゛……あーもう」
眠りにつけないイラ立ちで何度も寝返りを打つ。
怒鳴り声に嘲笑う保護者の声。
男相手に敵わない弱さ。
どうしていつもと思っても変わらない呪いのような夢。
このままでは眠れないと思い、1階に下りるとキッチンに立った。
いっそ寝るのはやめようと顔を洗う。
だが、手のふるえは消えない。
どうしてか理由もなくふるえを感じることがある。
小学校に授業参観や行事で足を運ぶことがあって、保護者とも話をしなければいけないときが何度もでてきた。
そのたびに声や手がふるえて最悪だ。
あからさまに嫌悪感を見せる人もいれば「大丈夫ですか?」と尋ねてくる人も。
頭では冷静なのに、一度始まるとなかなか治まらない。
蛇口をひねり、大量の水を口に含んだ。
薄暗いリビングさえ怖い。
勢いをつけたせいで気管に入った。
「ゔ、ゲホッゲホっ……は、なんで……治らないんだよ……」
痺れる手ではグラスをにぎるのも辛くなってきた。
俺は弱い。
弱くて、ダメな人間だ。
また自分を卑下する言葉が聞こえて涙が出てくる。
頑張ってきたのに、なんて。
社会人としてどうなんだろう。
人前に出て堂々と自分の意思を告げられる亮雅さんの姿はかっこよかった。
だから俺も亮雅さんを意識して、全体ミーティングのときに亮雅さんの代理として現状の売上率などを報告した。
だが、失敗した。
俺の報告は多くの視線のなかで緊張してしまい、早口に捲し立てるように終わり。
経理課長にあれでは報告にならないと言われた。
俺はやっぱりダメなんだと思い知らされたようで、動悸が止まらなかった。
「駄目……俺は、できない……」
考えていると手のひらがかゆくなり、強迫されたように手を洗う。
呼吸も苦しくなって肩で大きく息をする。
洗っても洗ってもかゆみが取れない。
「ハッ……嫌だよ……失敗作、なんて言うなっ。俺だって、俺だって……!」
手が濡れているのは水のせいなのか涙のせいなのか分からなくなる。
消したい。過去の記憶も全部。
爪先を立ててガリッと手のひらを擦ったとき、鈍い痛みを感じて眉をゆがめた。
瞬間、手首を掴まれてドキッと心臓が跳ね上がる。
「ッ……は、はぁ……亮雅……さん」
「……」
目が合い、そっと重ねるだけのキスをされる。
指を絡めて自身の方へと引き寄せると、亮雅さんは血がにじんだ手のひらを舐めてきた。
「っ! だ、めです……そんなとこ、汚い、から……ンっ」
「…………優斗、お前は失敗作じゃない」
「やっ」
「綺麗で可愛い、俺の家族だ」
「ッ……」
飽きたっておかしくないのに。
もう嫌だって、離れてもいいのに。
亮雅さんは懲りずに何度でもそう言ってくれる。
『家族』だと。
大切な存在なんだと。
「幸せになっていいんだよ、お前は。もう十分頑張ってきた、あとは自分を愛してやるだけでいい」
「亮雅さん……っ」
「大丈夫、俺はいくらでも傍にいる」
たくましい腕に背後から抱きしめられ、ふるえの止まらない手を何度もさすられた。
ぽたぽたと指に落ちていく雫が温かく感じる。
「嫌じゃ……ないですか、こんな俺……」
「今さらなに言ってんの。トラウマなんて数日で治せるものじゃないんだ。人生まだ40年以上あんだから、ゆっくり治していけばいいだろ」
「……っ……」
好きで好きで、止まらない。
縋るもののなかった指は亮雅さんに包まれ、体温を取り戻していく。
幸せだ……こんな毎日。
苦しいほどに、自分は幸せだと何度も繰り返した。
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