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やりたいこと -side椎名 優斗-
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5月の涼しい風が頬をなでる。
初めてやってきた釣り場は常連らしき男性が数人いる程度で、ほぼ貸し切りのようだ。
誰かと釣りをしたことがなければ、バーベキューをしたこともない。
亮雅さんから誘われて即決したのは主にそれが原因だったが、単純に羽目を外したかっただけだ。
「椎名くん、スタイルもいいし綺麗だからモデルかと思ったよ。松本くんにも言ったけど」
「亮雅さんはほんと、かなり残念なイケメンですよね……」
「かなりってなんだ。俺は真面目だろ」
「どこがですか。陸が聞いて笑いますよ」
半袖になるのは久しぶりで、触れた肌が熱い。
亮雅さんは自覚がなさすぎる。
「あはは、もう夫婦喧嘩じゃないか」
「夫婦じゃないですっ」
「あれ〜? 俺はてっきり夫婦だと思ってたんだが」
「現実は異性愛でも厳しいんですよ。正式に夫婦とよべるのはもっと先です」
その先まで亮雅さんといられたら、なんて。
「素直じゃねえなぁ」
「ふふ、僕の友人に同性で結婚式を挙げた人がいるんだ。正式な証が法で許されてはいなくても、幸せになる権利は十分あるってことさ」
「……優斗は部屋の片付けに一々うるさいからな」
ぼそっと不満を言った亮雅さんを軽くにらむ。
「煽るように散らかすからじゃないですか」
「だってお前、神経質すぎて面白いし」
「どんな理由ですかっ、あれほんとにムカつくのでやめてほしいです」
「気にすんなよ。別にオモチャ投げてるからって死なねえから」
「散りつもですよ! そういう習慣が後から出てき……」
「はいはい、興奮するなって」
腰を抱き寄せられて声が裏返る。
亮雅さんはチラッと絹井さんを見やると「すいません」と一言。
全然構わないと笑うから、余計に恥ずかしくなった。
「っ、はやく魚……こないかな」
手をはたいてわざとらしく呟いた。
好きという気持ちは厄介だ。
これがあるだけで落ちつかないし、苦しくなる。
亮雅さんをなんの対象としても見ていなかったあの頃はもう思い出せない。
「結構冷たいね、ここ」
亮雅さんがログハウスに行ってから、絹井さんと何気ない会話をした。
あえて以前話していた治療法についてなにも提案してこない辺りから、その手の患者に慣れているのだろうと勝手に思う。
すでに俺が病気だと言われているようで辛くもあるが、診てくれている手前なにも言えない。
「あ、揺れてる」
「おお、きたね。無闇に引くと糸が切れてしまうからタイミングは重要だよ」
絹井さんに背後から手を握られてビクッとふるえたのもつかの間、強い引きを感じて前のめりになる。
「わっ」
「大丈夫っ? 落ちついて、ここでゆっくりリールを使うんだよ」
こんなときなのに、優しい声色で眠気がやってくる。
暖かい気候のせいだ。
絹井さんに従いハンドルを回していくと、飛び跳ねるように魚が顔を出した。
「あ! なんか釣れましたっ」
「やったね! 20分近く待った甲斐があったよ〜」
黄土と灰色の背をした20センチほどの魚が釣れた。
初めての感触に心底から愉悦を感じる。
「わぁ、血が……」
「針が刺さってるからね、跳ねるから気をつけて」
「……これアユですか?」
「そうだよ。ここではアユがオーソドックスかも。初釣りで釣れたら嬉しいものだ」
「……」
口許が緩んでしまう。
誰かとこんな趣味を堪能できるなんて。
「アユはここに入れておこう、後で管理人が捌いてくれるから」
「はい。……ごめんな」
「ぷふっ」
「っ、なんで笑うんですか」
「いやごめん、優しいなと思って。そうやって皆、常連さんは感謝しながら食べているみたいだよ」
魚釣り、ハマってしまう気がした。
どうして今まで知らなかったんだろう。
「ふっ」
「え? どうしたの」
「くく……すいません。このニセの魚、なんかずっと見てたら目デカいし可愛くて」
「ははは、たしかに目デカすぎだよね? でもそれに反応する子は椎名くんが初めてだよ」
「そうなんですか!? こんな可愛いのに……」
誰にも恥ずかしくて言えないが、人工的に作られた生きもののオブジェなどにはいつも愛着が湧く。
陸のぬいぐるみも本当に可愛くて、抱いて寝ている姿を何度も写真に収めた。
もしも俺が女だったら、たぶん部屋が可愛いもので埋まっていただろう。
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