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「釣れた!」
2匹目のアユが水面から顔を出したとき大声を上げてしまった。
ちょうど亮雅さんが戻ってきてハッとするが、時すでに遅し。
「おお、釣れたのか」
「……」
つい子どものような笑顔でふり返ってしまい、恥ずかしさが膨張する。
「2匹目なんだよ、椎名くんは凄く当たりがいいんだ」
「へえー、食欲旺盛だからな。優斗は」
「っ、違いますよ」
ムッと口を尖らせてそっぽを向くと、亮雅さんは少し離れたところで折りたたみのイスを広げた。
ほんの少し手応えのない言葉をかけられただけで、すぐ緊張してくる。
だが、隣で絹井さんが「見てこれ」と丸い餅のような魚を取り出した。
「え? それなんですか」
「饅頭だよ。こっちがイチゴで、こっちがココア」
「……可愛い」
「でしょ? 椎名くん、こういうの好きだろうと思って」
丸い目と、それに比例した丸い体。
正方形の型に収まった真ん丸の魚に少し吹き出す。
「どっちがいい? あ、椎名くんはこっちの子が合うかな」
「俺……ココア好きなんで、いただきます」
「そっか、よかった」
絹井さんの言葉ひとつひとつに癒される。
優しさの塊みたいな人だ。
恋愛感情を持っていないために変な緊張もしないし、職場の看護師ということもあってふしぎと安らぎを感じさせる。
それに相まって釣りの楽しさに気づいてしまったのだから、自分自身を我慢できなくなっていた。
「椎名くん、学校はどう? 陸くんの参観」
「……楽しい、です」
「ふふ、少し言いづらい質問だったね。きっと椎名くんは子どもの頃に愚痴や悪口がいけないものだと教えられたのかもしれないけど、自分のなかにある負の感情を吐き出すことはとても大事なんだよ」
「……俺が言ったことは、誰かにとっての口答えにしかならなかったので」
「そっか……辛かったね。今までずっと1人で溜め込んできたんだろう? それは、優しくて強い人にしかできないことだからね」
自分を誇りに持って、と背をなでられて涙が出そうになる。
亮雅さんがいつもかけてくれた言葉だ。
優しい、強い、偉い。
俺が苦しくなるたびに、何度もそう言ってくれて。
「怒っていいんだよ、痛くて辛いときは自分を出していいんだ。そうしたら自然と気持ちも楽になるから」
「でも……相手を傷つけるじゃないですか、ショック……受けるじゃないですか」
何度も怒鳴られて、貶されて、いつしか自分のことのように他人の感情を読むようになってしまった。
傷つけないように、怒らせないようにと無意識に合わせる。
それが癖で、いつも疲れて泣けてくる。
「いいんだよ。そうやって人は、そのとき感じた痛みや人の怒りから学んで成長していくものだから。初めから順応できる人間なんていないよ」
「……」
「そんなに優しくなくて大丈夫だから。これ食べてみて」
「……はい」
我慢できなくなった涙が饅頭に零れた。
強くなくていい。
優しく、賢く、なんでもできる自分でなくてもいい。
そう言われることがこんなにも自身を救ってくれる。
ココア味の魚はなんともシュールで口許が緩んだ。
「おいしい……です」
「椎名くん、魚を頭から食べるんだね〜。丸い目がどっかいっちゃったよ」
「あ……」
「あははは。これは空説だけど、頭から食べる人は頭がいいんだってね」
「俺はバカですよ。人付き合い苦手だし……」
「バカなんて言わないの。それに、それは性格や環境だからバカじゃないよ。椎名くんは頭がいいって、自分で褒めてあげることも大事なんだ」
困ったような顔をした絹井さんに背をポンとなでられる。
ふと亮雅さんの方を見ると、ずっと遠くを眺めているような寂しい目をしていた。
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