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「やっ、そういうのは……!」
「椎名くん、もしかして敏感?」
「! 違っ……触らないでください」
いくら優しくて美形の絹井さんでも、手を出されると嫌だ。
俺は亮雅さん以外受け付けられないんだから。
「そんなに怯えないで。僕はこれ以上する気はないし、キミの幸せを奪ったりしないよ」
「…………」
「ただ笑ってほしいなとは思う。釣りのとき、自然に笑った椎名くんの顔が一番素敵だったよ。笑顔は苦手?」
「……どうやって笑うのか、わかんなくて」
「あー……意識的にはできないよね、たしかに。最近大笑いした?」
横に首をふった。
大笑いをした経験はひと握りしかない。
意識すれば笑い方が分からなくなるし、人前だと顔が引きつってしまう。
「亮雅さんにも、入社当時に言われました。接客業なのに笑顔がないから練習しろって……でも、どれだけ練習しても職場ではできなくて」
「うん、当たり前だよ」
「へ?」
「松本くんはその頃まだキミのことを知らなかったから言われたんだろうけど、今は笑顔の練習しろなんて言う?」
質問の意図が分からず首をふる。
「椎名くんは少し、やり方を間違えてるんだね」
「?」
「心に深い傷を負ってる人は形だけをいくら練習しても改善できないんだよ。気合いだけの努力は苦しいだけだ。うまくいかない事柄には必ず問題点がある、まずそれを自覚してあげることが大事なんだ」
「問題点……」
「そうだな……例えば字を書くのが苦手な人は、どうして苦手なんだろう」
……それは紛れもなく俺だ。
どうして苦手? そんなこと考えたこともない。
でも、たぶん。
「退屈だから……ですか」
「大抵の人はそうだろうね。字を書くのが退屈で嫌だって人が、仕事や課題のために長文を書かなければいけない。こんなときは、闇雲に嫌な気持ちを我慢して書いてはいけないんだ」
「余計に、嫌いになるから」
「そう。我慢っていうのは本来の努力と少し違う。苦手なことを我慢してやればやるほど益々できなくなって、結果が出ない自分を責めたり不満が出ちゃうんだよ」
「……」
「つまりは心のケアができていないことが問題点なんだ。人は万能じゃないし、それは椎名くんもそう。いかにして楽しく苦手を改善できるか……それを考えていけるときっとキミも笑顔がたくさんできるようになるよ」
頭をなでられて思わず涙ぐんでいた。
絹井さんの言い方は誰も否定していない。
ただ明るい未来に向かうため、1本の道筋を教えてくれたんだ。
「っ、ありがとうございます……」
「一緒に乗り越えていこう。椎名くんの笑顔は世界を救えるから」
「それは大げさですっ」
「本気だよ? 現に僕はもうキミに侵されて歩き方を忘れそうだ」
「やめてください…………あの、俺はその」
「ん? どうしたの」
いざ向き合うと舌が回らなくなりそうだった。
自分自身についてまだ知らないことがある。
向き合えていないことがある。
それはきっと、何よりも大切なことで。
「……病気、なんですか」
口にすると現実が余計にリアルさを増した。
気づかないふりをして避けてきたことだが、このままでは駄目なのだと内心感じている。
だが直前で答えを聞くのが怖くて耳を塞ぎそうになり、絹井さんに手をにぎられた。
「それを知りたい?」
「……」
「もしも椎名くんが知りたいと望むなら詳しく診断をしてもいい。だけどその場合、たとえ疾患だと結果が出ても自分を責めないこと。それから……松本くんにも話をさせてもらうよ」
「っ」
そのとき一瞬だけ、迷いが生まれた。
本当に自分が精神の病気だったら?
亮雅さんはどう思うだろう。
「…………」
「即決しなくていいよ。松本くんと話してからでも遅くはないし、責任感を持ちすぎなくても大丈夫だから」
「はい……」
胸の奥深くでうずいている不安は徐々に不快感となって吐き気を催した。
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