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「あの人が俺や陸を殴るはずないだろう?」
「じゃあ、倦怠期とか」
「それは……わからない」
「正直に言って、椎名。ぶっちゃけ今の心境」
珍しく真摯な視線を向けてくる浅木。
怒っているのか呆れているのか、普段感じない意地のようなものがある。
「心境……」
「そう、思ってること。隠さないでよ、おれは椎名にもっと頼ってほしいし」
「俺はでも、頼れな……」
「自分からは頼れないだろうから聞いてんの。無駄に責任感つよいし怖がりだし、おれが知らないと思ってるなら大間違いだよ」
「……どうして」
「ずっと見てたし、椎名のこと」
「……」
どうとでも取れる。
同僚として、友人として、またはそれ以上。
浅木の真面目な顔は仕事場でもほとんど見たことがなくて、混乱した。
「あのさ、こういうのおれが言ったら傷つくかもしれないけど。知らないくせにって思うかもしれないけど。でも、知ってるよ……椎名が苦しそうなのも無理をしてるのも、家族のためにってガムシャラに頑張ってるのも」
「浅木……」
「なんでそんなに頑張るの?」
「な、んでって……」
手がふるえてきた。
頑張るのが普通だと思っていたのに、それは普通じゃないのか……?
そういえば絹井さんも言っていた。
我慢と努力は違うと。
「……おれには分かる。椎名がそんなに頑張ってる理由」
「え?」
「傷つくのが怖いから」
「っ!」
「自分が、傷つきたくないからでしょ」
否定できない。
違うと言いかけた口もこれ以上開くことはなくて、浅木の言葉を待っていた。
「最低だね」
「____」
「松本主任って……え、椎名!? な、なんで」
浅木の前では泣きたくなかった。
なのに塞いでいた仕切りを外されたように涙があふれてきた。
最悪だ、俺は。
自分が傷つくことばかり気にして、散々人のことは傷つけている。
「ごめん! 椎名に言ったんじゃなくてっ、普通に主任がムカついたんだ、けど」
「いや……こうなったのは、全部俺のせいで……っ」
「…………それは違う。誰かに言われたからとか、そうじゃないでしょ……椎名には椎名の意思があるはずだって。椎名はどうしたいの」
自分の意思……
いつの日か忘れてしまった感覚。
「誰かのためとかこうしなきゃ、じゃなくてさ……ちゃんと椎名の思いを聞かせて。それで否定するやつなら友達じゃないし、おれは絶対否定しない自信ある」
「っ……俺は」
「うん」
「亮雅さんと陸と……家族になりたい」
家族になって、たくさんの場所で遊んで、思い切り笑って。
誰かじゃなくて自分が、毎日が楽しいと思えたら。
「もっと普通に、笑ってみたい……苦しいばっかりは嫌だ」
困ったような顔をする浅木が一瞬戸惑ったように見えた。
だが何かを決心してテーブルを回ってくると、強く抱きしめられて驚いた。
「っ、」
「言えるじゃん。さすがおれの同期」
「関係、ない」
「ははっ、椎名の勝ち。その苦しさは自分を犠牲にしてきたからだって、分かる?」
「……うん」
「自覚してるなら大丈夫っしょ、椎名はいくらでも幸せになれるって。いつも頑張ってる姿勢とか、ちゃんと届いてるし」
「なんで浅木が諭したようなこと……」
「え〜? だっておれ神だしぃ?」
「うるさい」
「ウソだよー! とりあえず松本主任にはちゃんと話さないと、思ってること全部。話せないっていうなら、おれが椎名を横取りするから」
フフン、と鼻をならしてドヤ顔を浮かべるものだから涙が引っ込んだ。
浅木が絡むとどんなムードでもコメディになってしまう。
「横取りしたところで浅木が疲れるだけだぞ」
「ほらー! またそうやって卑下する! 横取りしたらおれが幸せになるだけ。それにおれといる時は、主任この野郎くらい言ってもいいのに」
「……あるけど。でもやっぱり好きだし」
「うわ、唐突のノロケ。ムカつく〜」
ずっと逃げてきた。
亮雅さんに嫌われたくなくて避けてきた。
でも、話したい。
ちゃんと自分の口から思っていることを。
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