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「幼少期についての質問も読ませてもらったよ。キミは『社交不安障害』というものを聞いたことがある?」
「……いえ、ありません」
絹井さんの口から出てきたのはあまり聞き慣れない類いの病名だった。
「通称SAD……社会不安障害とも呼ばれるものなんだけど、椎名くんはその可能性が最も高いんだ」
「社会、不安……」
「そう。健常者の場合、緊張や不安というものは回数をこなすと慣れてきたり特定の時間が経つと平気になったりする。だけどこの障害を抱えている人は理由もなく突然の不安に襲われて手の震えや目眩を起こすことがあるんだ」
「……」
「それは主にセロトニンっていう体内物質が少なくなっていることや環境、それから意識の向き方のせいなんだけど、気づかずに自責してしまう患者は多くてね」
どうしてだろう。
ずっと疑っていたのに、そうだったらどうしようと思って怖かったのに。
今はどこか落ち着いている。
性格のせいじゃない。
そう分かっただけで、心が救われたような。
「この障害は厄介で、他人から見ると冷たい人というふうに取られやすいんだ。だから当事者は余計に苦しんでしまう。本当は話したいのにひどい恐怖心や不安が勝って話せない、なんてことあったんじゃないかな?」
「…………あり、ました」
「だよね。ここを見てもらうと分かると思うけど点数が92点。これは90点以上だと評価としては重度になる。つまりうつ病にもなりやすくて、些細なことにも傷つきやすい状態ってこと」
「そんな、ことが……」
恐ろしかったのは、そこまで追い詰めてきた自分自身だった。
なにも分からないとはいえ、俺は自分の精神をズタボロになるまで無視し続けてきた。
そう思うと鳥肌が立つ。
「これは……治せるもの、ですか」
「必ず完治すると確約はできない。だけど治療を続けていくことで健常者と変わらない生活を送っている患者は決して少なくないよ」
「……っ」
「本当は薬物療法を中心にやっていく医師が大半なんだけど、椎名くんには認知行動療法というものを中心にやっていこうと思ってる」
「認知、?」
「過去に辛い経験があるとね、人はその記憶が正しかったものだと錯覚してしまうんだ。親が正しいとか、普通にしろとかね。その考え方をまず自覚して、本当に自分が快適な思考へ導くのが僕たちの仕事。治療、頑張れそう?」
「…………がんばります」
ふ、と微笑まれて無数の涙が頬を伝った。
男なのに泣いてばかりの自分が嫌いで、ずっと責めてきた。
でもそれは自分のせいじゃないのだと絹井さんが教えてくれて。
これは嬉し涙なんだと自覚する。
「ビスケットとビターチョコケーキで……あ、あの大丈夫ですか」
「あ、すいませんっ。大丈夫です、ははは。ありがとうございます」
隣に座った絹井さんが俺の背をなでる。
その手は下心のない医者の手で、どこか触れることに遠慮しているようだった。
「……ごめんね、会社の患者であるキミに変なことを言ってしまったのは本当に申し訳ないと思ってるよ。あまりに可愛かったから」
「っ……可愛くないです」
「松本くんはキミを大切に思ってる。きっとそれは嘘ではないよ、この結果は僕の方から話させてもらうけど大丈夫?」
「はい……お願いします」
怖い。
でも、亮雅さんには知っていてほしい。
迷惑もかけるかもしれないけど……俺にとって大切な人だから。
「よかった」
「え?」
「椎名くんが前向きに考えてくれてよかった。初めは週2回ほど、慣れてきたら週1回の診察をしよう。それで徐々に改善していこうね」
「はい、ありがとうございます」
絹井さんの微笑みに返すように、俺も目を細めて笑った。
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