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「亮雅って呼んでみろよ」
「嫌です」
リビングのテーブルに頬をつけた亮雅さんが死んだ魚のような目を向けてくる。
嫌なものは嫌だ。
そんな目で見られても。
「可愛げねー」
「じ、じゃあ亮雅さんは……例えば加藤課長に名前で呼べと言われてできますか。"純"って」
「なんで課長で例えるんだ、気持ちわりぃ」
「だってそういうことじゃないですかっ……」
「年の差っつっても6つしか変わらないだろ? 加藤課長は40代だ。そんな目上にタメ口使えって言ってんじゃないんだから」
「でも……」
怖いと感じるのはどうしてなんだろう。
亮雅さんはたしかに俺と歳が近い方だし、陽気であって厳しすぎる人ではない。
なのにできないのは恥ずかしさと微かな不安からくるもので。
「あ、あの」
「ん?」
「俺がそれできなかったら……亮雅さんは俺を嫌いに、なりますか」
「……」
「…………」
無反応さにショックを受けてソファの前で膝を抱えた。
「すいません……っ」
「……ぷっ、いつもの鬼嫁はどこにいったんだ」
「鬼嫁なんかじゃ」
「じゃあなに。病気だから嫌われるって思ったか?」
「っ……」
イスを立ち上がった亮雅さんが俺の前に腰を下ろしてまっすぐに見つめてくる。
その眼差しがひどく優しいものだから、緊張で喉が詰まったように痛んだ。
「そんな、目で……見ないでください」
「こっちこいよ、優斗。なにもしない」
「離して……ください」
やっと向き合えたのに。
恐怖心は消えてはくれなかった。
まだ俺が悪いのではと罪悪感を覚えている。
もっと器用になれたら、亮雅さんとの距離が上手に計れるかもしれないのに。
「泣きそうな顔すんな。優斗が精一杯頑張ってることくらい誰よりも知ってる」
「俺は……亮雅さんに迷惑かけたくないです。不安症だって治します、だから」
「あのなぁ、優斗。人間そんな完璧には生きられないんだよ。治すとか治さないじゃなくて、まずはそういう自分を許してやれ。絹井さんだってお前を追い詰めたくて応援してんじゃねえよ?」
「……許す」
「ああ。俺に嫌われんのが怖いなら何度でも好きだって言ってやる。自分と向き合うってのは、自分自身を嫌わないところからだぞ」
だからまず笑え、と頬を摘まれて亮雅さんの肩に顔を埋めた。
心臓がドキドキするのは不安だけじゃなく、この男を信じたいという思いからだ。
好き、好き。
亮雅さんに言われる「好き」は何よりも嬉しい。
こんな俺でも。
どこからそのセリフが出てくるのかは分からない。
だが、怖いものは何もないと握ってくれた手のおかげで少しだけ安堵していた。
翌日には陸の学校で発表会があり、俺が出席した。
絹井さんから人とのふれあいを避ければ避けるほど克服が難しくなると教えられたからだ。
苦手な人の密集も、まずは意識を外へ向けてみるのがいいと聞いた。
「ぼくたちはっ、がっこうに咲いているお花について調べました!」
教卓に立つ男の子がどういう気持ちなのか、どういう家庭環境なのか。
そんな何気ないことを観察するだけでいい。
第1の関門は、自分が障害者だと思わないこと。
ぼんやりと子どもを眺めながら色々と観察していれば、発表会がいつの間にか終わっていた。
「ゆしゃんっ、陸のみたぁ?」
「見たよ。陸のチーム、花にしたいって陸が言ったのか?」
「せいか〜い! お花かわいいから、みんなにもおしえたかった」
「ふ、かわいいな。俺は帰るけど授業ちゃんと受けるんだよ」
「あいっ」
陸の愛嬌は人一倍あるのではないかと思う。
勉強は好きだが苦手らしく、一緒に宿題をやるのが当たり前になっている。
でも、この小さい陸が精一杯の努力をしている姿は担任の目にも映っているようで、陸のことを応援していると伝えられた。
俺も実際、陸から学んでいることは多いわけで。
「失礼しました」
職員室で用事を済ませて帰ろうとしたときだった。
「ねえ、あなた」
背後から聞こえた声に振り返ると、俺が意識的に避けてきた30代の女性が廊下を歩いてくる。
名前は井口梨花だと名簿で知ったが、できれば関わりたくない第一人者だった。
「……なにか用ですか」
「用? いいわねえ、親バカは幸せで。あなたの子どもが友人の娘を誑かしてるのよ。本気で気持ち悪いから、やめてくれない?」
怒気の含んだ表情でそう告げられ、俺は絶句して動けなくなった。
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