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「た……誑かす? それって、陸がですか」
あり得ない。
陸が誰かを騙して楽しむはずがないだろ。
「そうよ、あんたのとこの子どもよ。優子ちゃんに"好き"とか言いながら、別の子にも簡単に声かけちゃって。しまいには男の子にまで。優子ちゃんはそれに気づいてお母さんに泣きついたんですって」
「っ……」
優子ちゃん……?
その名前には覚えがあった。
告白されたという女の子で、恋心を分かっていない陸は「好き」と返してしまった。
ドクンと心臓が揺れて気分が悪くなる。
誑かしているわけではない。
陸にはできない。
ただ恋心が分からないだけで。
だが、それで優子ちゃんは傷ついて泣いてしまった。
紛れもない事実だ。
「親のくせにどういう教育してるのっ?!」
「…………すいません、親の責任です。しっかり家で言って聞かせます」
唇を噛みたい気持ちは抑えて頭を下げた。
そのとき、鼻で笑う井口さんの強気な態度に屈辱を覚える。
「……無理でしょ。だってあんたもおかしいじゃない」
「っ」
「初めから変だと思っていたけど、男に色目使ってるらしいじゃない? はっきり言って気持ち悪いのよ。あんたは陸くんの親でもないんでしょ、そんなんだから子どもまでアホになるのよ」
「……」
____気持ち悪い。
俺のせいで、陸は……
いや違う。気持ち悪くなんか……ない?
襲いくる不安を消し去るように言い聞かせる。
鼓動が加速して苦しい。
「皆言ってたわよ? "ゲイなんて気持ち悪い"って。さっきも気づかなかったのかしら、私の友人は皆あなたを嫌ってる。フフっ、これじゃああなたの親や子どもが可哀想ね。あなたのせいで印象が悪くなるんですもの」
「____」
しばらく声が出なかった。
1人で廊下に佇んだまま数分が経ち、帰らなきゃと踵を返して正門を抜けたとき、膝から崩れ落ちてその場に座り込む。
震えが止まらない。
皆嫌ってる。俺のせい。陸が可哀想。
俺がゲイだから周りまで不幸になる。
違う。そうじゃない。
頭が壊れそうだった。
安定しない呼吸と脳の信号で発狂しそうになる。
怖い。怖い……誰か。
「っ……は、亮雅……さ、はぁっ……」
声が聞こえる。
無数の罵声が俺を責めてくる。
耳を塞いでも目をつぶっても息を止めても、脳の奥底にまで届く幻聴。
もしかしたら自分は殺されるのかもしれない。
ありもしない恐怖を覚えて首に手をかけた瞬間、「椎名くん!」と鮮明な声が聞こえてハッとした。
「ッ! ……野田、さん……?」
「ちょっと、大丈夫? 気分が悪いの? どうしてそんなに震えて……」
以前から何度か声をかけてくれていた女性だった。
クラスメイトの母親で、看護の仕事をしている。
「立てる?」と手を差し出されて首を振った。
「大丈夫です……すみません」
「遠慮はダメよ。病院に行く? それとも帰る?」
焦りを見せながらもどこか冷静だ。
こういう状況には慣れているらしい。
「送ってあげるわ。車とってくるから、少し待っていて」
駐車場へと駆けていく背中を見やり、ごめんなさいと呟いた。
少し落ちつきを取り戻した足で立ち上がって逃げるようにその場を離れる。
家に帰りたくない。
俺の居場所なんてどこにあるんだろう。
少しの段差につまずき歩道に体を打ちつけた。
「痛っ……」
摩擦で熱くなる頬をこすって立ち上がると、またどこへ向かうでもなく歩き始めた。
向き合えるはずだった。自分を知れる機会だった。
なのに俺はなにも変われない。
いつも迷惑をかけるだけで空回りして、本当にバカみたいだ。
「亮雅さん……亮雅、さん…………」
助けて、ください。
突然鳴り出したスマホにビクッと肩が震える。
神はいるのかいないのか、着信相手は亮雅さんだ。
『____優斗? 発表会終わったか』
「……っ……」
『あれ? 優斗、聞こえてるかー?』
「……けて、」
『え?』
「助けて……ください、亮雅さん……っ」
頼ってはいけないのに。
そう訴えかけてくる自分自身を押し殺して言葉を紡いだ。
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