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「頼れないってのは、心のどっかで俺を疑ってるからだ。自分でなんでもできると思ってんのか?」
「そ、れは」
「お前は俺の言いたいことを、意図を考えようとしないだろ。そうやっていつまでも自分の殻にこもって、結局俺は使いもんにならねえわけだ」
違う、と言いかけて出なかった。
自分の殻にこもる。図星だった。
亮雅さんの気持ちも考えず、まず自分が嫌われることを恐れる。
叱っている人の意図を汲み取ろうとしないで、向き合うことから逃げてきた。
自信がないと口では言いながら常に自分中心で、いつも周囲を困らせて。
「俺は万能な人間じゃない。腹立つことだってあるんだよ、特にお前がそういう壁を作ろうと必死なところに……ずっとムカついていた」
「っ……す」
「思ってもないことを口にするな。その場しのぎで簡単に頭を下げんじゃねえよ」
怒りを浮かべた亮雅さんの低い声に身震いする。
寝室のドアが閉まる音に肩が跳ね、誰もいない部屋をじっと眺めた。
誰よりも向き合ってくれている亮雅さんをいつも俺から突き放してしまう。
傷つきたくない、その思いだけで逃げて誰かを傷つけている。
変わりたいのに変われない。
それは俺が真摯に向き合おうとしないからだ。
こんなの、俺が一番悪魔みたいじゃないか。
____
その日から亮雅さんは俺に深入りしてこなくなった。
必要最低限の会話しかしないし、夜もさっさと寝てしまう。
亮雅さんが仕事以外で俺に怒るのはほとんど初めてでどう謝ればいいのか分からない。
話しかけ方も、以前なら普通にできていたのに。
「椎名、これ松本に確認と印をもらっといてくれ。FAX済んだら私の席に投げておいて」
「は、はい」
経理課長に書類を渡されて数秒立ち上がれなかった。
今は宴会忙しいんじゃないのか……
期限は今日の午後3時までになっている。
最悪だと思いながら現場のバックヤードへ顔を出す。
忙しなく動いてるスタッフの姿が見えると途端に帰りたくなった。
「あれ? 椎名どうしたー?」
「忙しいところ、すいません……主任、近くにいますか」
「ああ、いるよ。松本マネージャー!」
喉元がじわりと熱くなる。
仕事だから。これは仕事だから。
不自然なほど言い聞かせていると、亮雅さんがバックに姿を見せた。
俺を見るなり眉根を寄せて額の汗を拭う。
「……何」
「っ……あ、あの……矢崎課長から、確認と印を、主任に」
急に舌がうまく回らなくなる。
しっかりしてくれ、と思うほど亮雅さんを見れなくなってしまう。
遠慮がちに差し出した紙を無言で取って簡単に目を通すと、投げるように返された。
そのまま宴会場へ戻っていく後ろ姿が見えて泣きそうになった。
いや、泣きたいのは亮雅さんの方じゃないのか。
俺以上に努力をしてくれたのはあの人だ。
だから変わらない俺に嫌気がさして。
「あ、椎名先輩。頼みごといいですか?」
「……なに?」
「オレ……実はまだ会場の名前覚えられてなくて。先輩さえよかったら、教えてください。5階だけ」
「いいけど……」
どうして俺は変われないんだろう。
桜田と廊下を歩きながら、ふと思った。
自信過剰で自己中で、他人の気持ちも分からない。
「主任に聞いたんですけど、先輩って新入社員なのに1日目から会場の場所とか詳しかったんですね。普通にすげえって思いました」
今だって桜田がしゃべっているのに、俺の頭には亮雅さんのことしかない。
人の気持ちが汲み取れない。
人の優しさを理解できない。最低なやつ。
「っ……」
「…………先輩? え、あっ……先輩、どうしたんですか!」
立っていられなくなってその場に屈んだ。
込み上げる嗚咽を堪えようと口許を塞いでも、その手が涙でぐしゃぐしゃに濡れていく。
「最低、だっ……俺なんか……ッ」
「……」
震えの止まらない手が憎い。自分が許せない。
怖がるなよ、もっとしっかりしろよ。
次から次へと湧いてくる自分の声に発狂してしまいたいと思った。
喉が苦しくて、でも自分に優しくできない。
そのとき不意に桜田の手が伸びてきて肩を支えられる。
「場所……変えましょ。もう少し落ち着けるところに」
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