アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
❖
-
以前の自分が思っていたよりも、他人は思いやり深いことを知った。
「ここ数日で動悸がひどかったり不安が強かったことはある?」
「いえ、なんとか大丈夫でした」
事故があってから数日、いよいよ陸の誕生日が近づいてきた。
待ち合わせした喫茶店で絹井さんに状態を報告し、不安を落ち着ける薬をもらった。
障害があると知ってから神経質に考えてしまう俺を絹井さんや亮雅さん、谷口さんと身内的な存在が支えてくれて、同僚からも「ゆっくり休んで」と労うようなメッセージを受け取っている。
疾患に偏見があったのは自分なのではと申し訳なくなるほど周囲の反応は温かい。
「医薬品だから安心して。1日3回まで、不安を感じたときに1錠ずつね。あと、なるべく6時間は間を空けるように」
「はい」
「もしも療養中にパニックがきたら、迷わず松本くんを頼っていいからね。彼は人に頼られることが生きがいだし、彼氏のキミに頼られるなんて幸せでしかないんだから」
少し絹井さんの気持ちを感じた。
以前、俺が気になっていると言われて以来、絹井さんは気持ちを隠さなくなった。
初めは会うことに躊躇していたが主治医のような存在でもある手前、今では必要最低限ふれてこない。
だから安心して頼ることができている。
「実は、陸くんのことも聞いたんだ。あの子も言葉が少しだけ不自由みたいだね」
「……そうなんです。普通に可愛いんですけど、俺は周りの声が嫌いで」
「ふふ、椎名くんはどこまでも優しいな。親の優しさや愛情は自然と子どもに伝わるんだ。だからキミの思いはちゃんと通じてると思うよ」
「…………だとしたら、嬉しいです」
お世辞ではないのが分かる褒め方だ。
医療従事者の言葉は長年の努力が積み重なったとあって信ぴょう性を感じる。
だからこそ照れくさくて仕方ない。
「あっれ、椎名じゃん!」
突然の明るい声にビクッとして顔を上げれば、浅木と桜田が私服姿で顔を出した。
驚いたのは異質な組み合わせだ。
「あ、絹井さんっ。お疲れさまです!」
「浅木くん、おつかれ〜。えっとキミはたしか、桜田くんだったかな?」
「はい、桜田です。おつかれさまです」
2人は双子コーデと言わんばかりに服装が似ていて、どちらも深帽子を被っている。
意外とオシャレなんだと今さら思った。
「なになに、大人の会話ですか? 政治について、とか!」
「馬鹿、そんなわけないだろ」
「あははっ、違うかぁ〜」
桜田の視線をジッと感じて困惑しながら顔を見やる。
「な、なに」
「椎名先輩……その頬、大丈夫ですか?」
「あ……うん、事故のときに擦っただけ」
「綺麗な顔なのにこんな……」
シュン、と落ち込んだ桜田は犬に見えた。
だが俺自身は全力で気まずい。
よくよく考えてみると、3人から「好きだ」と告げられている。
逃げたいほど気まずい。
「お、男なんだから顔の傷くらい別になんてことない」
「そうだよ、律。椎名ってこう見えて口悪すぎだし鬼みたいなやつだし擦り傷くらいなら"唾つけとけば治る"とか言うようなやつだから」
「おい」
俺のイメージを跡形もなく粉砕するな。
一瞬「律」がなんなのか分からなかったが、そういえば桜田の名前がリツだった。
「あ、よかったら2人とも一緒にどうだい? ちょうど4人席だし」
「いいんですか!? ぜひご一緒したいですっ」
「少しは迷えよ、能天気」
遠慮なく絹井さんの隣に座った浅木に倣って、桜田も「失礼します」と俺の隣へ腰かけた。
「浅木くんと椎名くんはすっごく仲いいんだね」
「いえ、全然そんなことな」
「そうなんですよ! もう仲良すぎてずっとくっついてたら引かれました〜」
「しばくぞ、おまえ……」
「きゃー。こわーい」
浅木の煽り方はいつもムカつく。
「いいじゃないか、信頼できる友人がいるのはとても嬉しいことだよ」
「……それは、そうですけど」
「俊くん、椎名先輩に仕事のことでよく助けてもらうって言ってたよね?」
「そうそう。おれ何気に椎名には感謝してるし」
驚きだ。
いつの間に浅木と桜田は名前で呼ぶ仲になったんだろう。
というか、浅木は一応年上なのにノリが軽いな。
そういえば俺は名前で呼び合っている同僚がいない。
…………友達、いなすぎ。
どうやったら友達ができるんだろう。
やっぱり名前で呼んだ方がいいのか?
どうして2人はこんなにも簡単に仲良く……
ぐるぐると思考を巡らせているとバグりそうになってきた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
84 / 231