アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
❖ちぎれた糸
-
「優斗先輩、今度地下レストランで一緒に夕食どうですか?」
仕事を終えて帰ろうとしたとき、思わず絶句することを言われた。
亮雅さんは「桜田は信用できる」と言っていたが本当にそうなんだろうか。
第一、律の言動にはいつも困らされてるわけで。
「いや無理だよ。2人は」
「2人じゃなかったら大丈夫ですか」
「……下心がないなら、いいけど」
「ありますよ」
「じゃあ絶対ダメだ」
「嘘です! というか本気で手を出したら主任に殺されますって。オレ、主任みたいな優しい人は怒るとヤバいって知ってるんで」
どういう理屈だ……
まぁ、間違ってはいない。
亮雅さんは直接的な暴力より社会的な体裁を加える方が得意だ。普通にやばい。
「悪いけど、亮雅さんと陸も一緒じゃなきゃ律とは行けないぞ。それじゃ」
ムッと口を尖らせた律に別れを告げてロビーを出た。
学童に迎えに行こう。
今日は亮雅さんが少し遅くなると聞いているから1人だ。
カバンを提げて小学校まで歩いていくと、学童ではなく校門に陸の姿を見つけた。
「あ、陸っ」
陸は俺を見つけると瞳を潤ませながら駆け寄ってきた。
「ゆしゃんっ」
「……え、どうした? 陸」
「ううん……なんにもない」
なにもない顔じゃない。
今にも泣きそうで、すぐ崩れてしまいそうだった。
嫌な予感がして陸の背をなでるが涙はポロポロと溢れ出してくる。
「陸……お願いだ、なにがあったのかちゃんと言って?」
「っ……ぐず」
「大丈夫、怒ったりしないから。な?」
「……陸は……ゆしゃん、好きなのっ……」
「うん……」
「ゆしゃんも、りょしゃも……かぞく、なのっ」
「…………俺たちのことでなにか言われたのか」
刺激を与えないように優しく囁きかける。
でも陸は頑なに口を閉じてしまう。
言ってほしいのに、本音を教えてほしいのにどうして。
…………あ。
「陸、1人で我慢しないでくれ。俺も亮雅さんも、陸の力になりたいんだよ」
「……うぅっ…………ボク、きたないって」
「え……?」
「ボクはきたない、からっ……あっちいけって、みんなにいわれた……っ」
怒りでどうにかなりそうだった。
心が強い陸を誰が追い詰めたのか、誰が汚いなんて言ったのか。
「誠くんは、?」
「きょう、おやすみだった……ゆうしゃん、ごめん……なさぁい、ごめんね……っ」
陸は後ろ手に隠していた中靴用の袋を見せてくれた。
布地をぐしゃぐしゃに裂かれ、マジックペンで落書きされた俺の手作り袋だった。
目頭が熱くなり、陸の体を強く抱きしめる。
「なんで陸が謝るんだよっ……陸は悪くない、なにも悪くないよ……」
「でもぉ……ゆしゃ、つくってくれた、のにぃっ……」
溢れそうな涙はグッと堪えて、嗚咽をあげる陸の背を何度もなでた。
苦しいのは陸だろう。
どうしてこんな小さな体で俺のために謝るんだよ。
悪いのは、陸じゃないのにっ……
悔しくて歯を食いしばった。
俺がもっと強くならないと、俺が陸を守らないといけないだろう。
「担任や学童の先生には言った?」
「ううん……かくした」
「……そっか、分かった。でもそんなことしなくていいんだよ。隠さなくても大丈夫だから」
「うんっ……」
初めて亮雅さんの気持ちが分かった。
話してほしい、教えてほしい、隠さないでほしい。
それは興味本位ではなく家族だからこそだ。
大切な存在だから、ちゃんと頼ってほしい。
そう言いたかったんだろう。
自宅に帰って、陸は靴袋を手放さなかった。
直させてと言ってもイヤイヤと首を振る。
だからそれは諦めて亮雅さんに『帰ってからすぐに相談があります』とメッセージを送った。
「ぴーちゃん……イタイたいね、ごめんね……いっぱい、きずついちゃったぁ……」
「っ……」
ソファの横で、陸は布地の模様になっていた鳥をなでる。
俺は耐えきれなくなってタオルで目許を拭った。
許せない。
どうして俺じゃなくて陸なんだ。
俺にしろよ……ムカつくことがあったなら俺に当たってくれ。
届きもしない怒りを脳内でぶつける。
陸より強くなくてどうする。
タオルを置いて陸の傍に行くと、綺麗な瞳に大きな雫が溜まっていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
86 / 231