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「ママ、見っけ!」
「あらやだっ、翔ちゃんどこに行ってたのよ〜」
ひどく焦りを見せる井口さんに、先生が違和感を覚えたようだった。
「あ、ママが言ってた人じゃん! ホモの人!」
「は……」
「こらっ、なんてこと言うの!」
俺を指さした子の口を塞ぐ井口さんは、もう言い逃れできる余地がない。
「翔太くん、ちょっと聞いてもいいかな?」
「せ、先生っ、私はもう用事が済んだので帰らせていただきま__」
「井口さん!」
「っ! ……はい」
「僕は翔太くんに用があります」
翔太、と呼ばれた男の子は先生に反応して「なにー? 先生」と健気な顔で駆け寄ってきた。
「翔太くん、正直に教えてほしい。お母さんになんて聞いたのかな? ホモの人ってなんだい?」
「この人だよ! ママが松本のおとうさんは男が好きなやつだって、松本もきたないから仲よくするなって言ったんだぁ」
「翔ちゃん!」
「だってママ言ったじゃん! だからクラスのみんなに教えてあげたんだよー。松本は"きたないやつ"って!」
もう絶句するしかなかった。
口の軽さが遺伝してしまったのだろう。
井口さんは蒼白した顔で震えている。
「……翔太くん、いい? 人が言ったからってそれが本当にそうだとは限らないんだよ。キミは親切心で周りの子に言ったのかもしれないけど、汚いって言われた子は傷ついて学校に来れなくなるだろう」
「でもホモって変だって聞いたよ?」
「変じゃないよ。翔太くんは優子ちゃんのことが好きだって言ったよね?」
「っ……好きだけど」
「それと同じだ。ただ好きなだけで、翔太くんは汚いって言われたらどう?」
「いやだ」
「だろ? 人の気持ちを考えるのは難しいかもしれないけど、翔太くんは思い込みだけで陸くんを傷つけてしまった。どうするべきか考えてみて」
「……松本に、ごめんって言う」
「そうだね。約束だよ」
「ごめんなさい」
分かったならよろしい、と微笑んだ先生が翔太くんの頭をなでる。
頭ごなしに怒りをぶつけないで子どもに教えている先生はとてもかっこよく見えた。
大事な話があるからと言われた翔太くんは「お庭でまってるよ、ママ!」と駆け足に教室を出ていった。
「……井口さん、急ですが学級通信は破棄させてください。学級委員長は、副委員長の有川さんに代わっていただくことにします」
「なっ……」
「なにか問題でも?」
「……っ……」
「子どもの見本となるべき大人がいじめですか。それも学級委員長という立場でありながら、恥ずかしいと思いませんか」
「そ、れは」
「椎名さんと陸くんに謝るべきはあなたでしょう。これは立派な人権侵害ですよ? それを井口さんは抹消しようとした……そんな無責任な犯罪者にクラスの代表をさせるわけにはいきません」
唇を噛みしめる井口さんには同情もできなかった。
陸が傷ついてもう学校に行けなくなってしまっても、この女に責任が取れるわけじゃない。
そう思うと悔しくて仕方ない。
「……分かった、わよ。私が抜ければいいんでしょう。でも先生、陸くんは好きでもない子にも好きだと言って誑かして、優子ちゃんを泣かせたんですよ? それは許されるんですか」
「今は関係ありませんよ。それに陸くんは優子ちゃんに謝ったそうです。僕も優子ちゃんから相談は受けましたが、あの子は許していますよ?」
「……」
「それでも、まだ何かありますか」
「ッ…………クソっ」
捨て台詞を吐いて教室を出ていく井口さんに先生はため息をついた。
わだかまりがスっと消えて落ち着いていく。
あの人と分かり合うのは無理がある。
「教員をしていると、たまにいるんですよね。生徒より問題児な保護者が」
「……ありがとうございました。なんか、あんまり効いてなかったみたいですけど」
「大丈夫です。もしまだ何か問題を起こすようであればこちらも手加減はしません。陸くんに、学校へ来てほしいとお伝えいただけますか?」
「はい、伝えます」
松田先生はやっぱり子どもが好きな人だった。
陸が今後も嫌がらせを受けないように見ておくと言ってくれて、ホッと胸をなで下ろす。
まだ完全に安心はできないが、陸にいじめをする生徒は確実に減るだろう。
それに優子ちゃんの件も謝っているとは知らなかった。
誠くんが背を押したんだろうなと思って、じわりと胸の奥が熱くなる。
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