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「ただいまぁ」
「おかえり、陸」
小夜さんたちと出かけていた陸が帰ってきて、両手で抱える水槽を見せてきた。
「かめしゃん!」
「わ、ほんとだ。ちっさい」
陸の手くらいの亀が気持ちよさそうに泳いでいる。
「川で拾ったのか?」
「おさかなといっしょいたのっ、おばあちゃんにそだてていいよって言われた!」
「そっか。亀のエサとか買わないとな」
カブトムシのカクくんを失くしてから子育てにトラウマを感じていたらどうしようと思っていたが、取り越し苦労だったみたいだ。
窓際の日が当たるところに水槽を置いて嬉しそうに張りついている。
「おなまえつけた」
「なんて?」
「ナンくん」
「可愛い名前だな」
可愛いなぁ……
亮雅さんが帰ってきたら喜ぶかもしれない。
「おはなぁ、水あげる〜」
「陸、次の宿題できた?」
「おみそのつくり方!」
「違うから。国語だったよね?」
「できたっ、ゆしゃんまるつけして」
「お、えらいじゃん。いいよ」
たしか国語の宿題は学習ノートだった。
テーブルに置いてあったノートを陸から受け取ってページをめくる。
「前より字がきれいになったな、陸」
「きれいなった? いっぱいかいたよ」
「でもここ、パプキン描いてるし」
「にひひっ、パプかわいい」
「はは、まぁいいんだけど」
陸の解答を見ていくと、漢字がやっぱり少し苦手なようだ。
『雨』がどうしても分からなかったらしく空白になっている。
「これ、分からなかったのに答え見なかったんだな」
「ゆしゃんがこたえ合わせしてくれるから陸はそれみてべんきょしたいの」
なんだそれ、可愛すぎるだろ……
「"雨"はこうな。あと、"右"もこの斜めの線はこっち」
「カタカナのノ」
「そう。漢字の一にノを重ねて、ここは口だよ」
「おぼえた! 右、かける〜っ」
「本当かぁ? じゃあここに書いてみて」
隙間をさすと陸はえんぴつを持って「えとねー」と指を動かす。
「一とぉ、ノかいてえ、ここに口!」
「お、正解」
「やたぁ! 右はこっち」
「えらいなぁ。ちゃんと理解できてるじゃん」
「ぬーん」
誇らしげな顔をする陸をなでて、宿題のページを丸つけした。
俺が本当の父じゃなくても大好きだと言ってくれる小さな存在に少しの不安もあった。
今はそれも忘れられるくらいに幸せな時間だった。
____薄暗い空間に今よりも幼い姿の自分が見えたのは、夕日が部屋に差し込む時間帯。
『なんでこうも違うの!? 兄弟なのに!』
……!
また、母さんの声……?
『まぁ、いいんじゃないか? ほら兄弟でも、個人差ってあるだろう。少しくらい』
『限度ってものがあるでしょう!? 成績表でも克彦は学年上位なのに優斗はちょうど半分よ? 同じ兄弟で!』
『……お前が甘やかしすぎたんじゃあないのか』
『はぁ!? あなたが叱らないからでしょう!』
壁1枚を隔てた向こう側から聞こえてくる声に耳を塞ぎたかった。
どうしてまた聞こえてくるんだろう。
もう聞きたくないのに。
怖くて手が震えた。
自分を抱きしめるように肩を抱く。
『椎名さん、男を誑かして遊んでるんですって。子どものしつけもしないで』
『仕事でも笑顔1つなくてお客さんからのクレームがすごいのよね』
『あはは! やだぁ、超迷惑〜』
____やめてくれ。
なにも、誰も俺を責めないで。
『ゲイとか普通にやばくね?』
『お前はイカれてる』
『全部お前のせいだ。この社会不適合者』
『早く消えろよ』
なんで、なんでなんで。
俺はただ、誰かに褒めてほしかっただけなのに。
母さんに、父さんに……
"俺"を見てほしかった。
ただそれだけなのに____
「ッ!!」
真っ黒な手が伸びてきたと思ったら視界が見慣れた部屋へと変わった。
緊張の発汗で全身が焼けるように熱く、呼吸もひどく苦しい。
夢……だった。
激しい鼓動と連動して手が震えている。
顔の横に置いてあったサメのクッションを見つけると、なぜだか泣きたくなって抱きしめた。
「……っ」
亮雅さん……
いつの間にベッドで寝ていたのか、隣には陸が寝ていて亮雅さんの姿はない。
もう嫌だ。あんな夢ばかり。
最近の夢は過剰な罵声や作り話まで出てきている。
ストレス、のせいかな……
「はぁ……は、ふー……くそ……っ」
亮雅さんがいないと、不安が増す。
こんなんではいけないのに。
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