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「…………それが、父さんにしたかった話か」
「っ……そうだよ。俺はあんた達を憎んでる、ずっと前から」
父から笑顔が消え、また感情のない瞳がこちらを捉える。
「ッ!」
スっと手が伸びてきたとき、激しい不安を覚えてその手を跳ね除けた。
それから振り返ることもなく駆け出していた。
実の父親なのに触れられるのが怖い。
不意に感じた自分の気持ちが分からなかった。
亮雅さんに会いたい。
陸に会いたい。
不安な思いはもうしたくない。
俊太が待ってくれているのに逃げてきてしまった。
人通りのない路地は静閑としている。
「……」
自分の口から出た言葉を思い出すと寒気がした。
両親を憎んでる。
本当はずっと嫌いだった。
好きになろうとしていただけで、本心は残酷なものだ。
もう両親との関係はここで終わりなのだろう。
最初から期待なんてしていない。
そうだ……期待なんて。
『優斗は心優しくて強いじゃないか。勉強できるだけが人の良さじゃないんだぞ』
脳裏に響いた言葉。
…………なんだよ、今の。
『テスト、優斗だって頑張ってるぞ。ほら、苦手な算数も90点を超えてる』
『ええ、そうね。それよりあなた見てよ。ご近所さんが可愛いポーチを作ってくれたの』
『……あぁ、そうだな』
いつの記憶なんだろう。
突然、訴えかけてきた懐かしい過去。
あれはたしか、小学生の。
母親に褒めてもらえなくて落ち込んでいた俺は夜中に眠れずトイレへ行こうとして、偶然リビングで父を見つけた。
ひとりでにイスに座っているのが不思議できょとんと眺めていた。
『……よし、できた』
父は裁縫をしていた。
慣れない手つきで縫っているのは、俺が小学校で使っていた手提げカバンだった。
持ち手が千切れそうになっていたが母にずっと言えなかったもので。
『これで優斗も困らないな』
『……っ、おとうさん……』
『! あぁ、優斗か。どうしたんだ、寝れないのか?』
優しい微笑みに涙が溢れ出し、父に駆け寄った。
俺を抱きしめて頭をなでてくれた手は絆創膏がたくさん貼られている。
『母さんみたいに器用じゃないから、上手くできなかったけど。明日からこれを使うといいよ』
『うんっ……』
まだ小学生低学年だったからか忘れていた。
父は優しかった。
俺にも、克彦にも、母にも、誰にでも優しかった。
どうして忘れていたんだろう。
こんなに大切なことを。
「……父、さん」
あの時の幸せがずっと続いてほしいと思っていた。
なのにいつの間にか両親と距離ができて、嬉しかった記憶だけ忘れてしまっていた。
本当に俺が欲しかったのはきっと……
「優斗!」
「っ」
背後の声に足が止まる。
振り返ると息を切らした父がいて、思わず唖然とする。
追いかけてくるとは思っていなかった。
不安と喜びが同時に胸に押し寄せてきた。
「……なに」
込み上げる雫をこらえて冷たく言った。
克彦に散々言っておきながら、素直じゃないのは自分も同じだ。
「…………すまなかった。お前をずっと苦しめていたんだな、父さんたちが」
「……」
「優斗の本音を知りたかったんだ。お前や克彦は相談をしてこないから、父さんもどう接していいか分からなかった。でもそれが、余計に2人を追い詰めていたんだろう」
「別に……相談しなかったのは1人でなんとかしようと思っていただけだよ」
「相談するのが怖かったんだろう。俺も母さんも、自分のことで精一杯だった。だからロクに相手もしてやれなかった」
「違う……怖かったわけじゃ」
「いいんだよ、優斗。本当のことを教えてくれ。何年も辛い思いをさせて悪かった」
俺の、本心。
父は昔のような微笑みを浮かべていた。
目頭がグッと熱くなり俯く。
「…………父さんと母さんに、認めてほしかった。勉強できなくても、友達ができなくても、愛されたかった……っ」
堪えきれなくなった涙が頬に流れたとき、駆け寄ってきた父に力強く抱きしめられた。
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