アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
❖手紙
-
「楽しかったか? 陸」
テントに戻って、持参していた湿布を貼った。
思うような登山はできなかったが、色んな意味で満足している。
「まこくん、陸のことお兄ちゃんいってた」
「言ってたな。陸ももうお兄ちゃんかぁ」
「ふへへへ、おとな〜」
その喜び方は、子どもっぽいけど。
「これじゃあまともに歩けないだろ」
「……すいません。頑張れば、いけると思うんですけど」
「頑張るなよ」
「ゆしゃん、足いたいの?」
「うん。捻っちゃって」
「なでなでしたらなおるかなぁ?」
「ふ……どうだろ」
楽しい時間ももうすぐ終わりだ。
こんなふうに名残惜しく思えるなんて、嬉しいな。
少しだけ釣りをしてテントの片付けをし始めたとき、克彦から連絡がきた。
『よう』
「あ、おはよう。なにかあった?」
『テンプレみてえな挨拶だな。お前、水曜空いてるか』
「え? うん、空いてるけど」
『親父の友人、出かけんだって。会いに来いってよ』
心底怠そうに言っている割に、少し照れくさそうだ。
兄弟だからか、なんとなく分かった。
「わかった。空けとくよ」
『お前……マジで従順だな』
「は? なんで」
『なんでもねえよ』
「そういえば……克彦の彼女と、会った。偶然」
克彦がいないときに、というのは少し気まずい。
『あ? なんだ、お前もキャンプ場行ってんの。ナンパすんなよ』
「するわけないだろ……俺はゲイなんだから」
『……』
「克彦のこと、すごく好きそうだった」
『なぁ優斗…………お前がゲイなのって、俺のせいか』
「え……」
突然不安げに言ってくる克彦の珍しい一面に、俺は思わず吹き出していた。
「プフっ」
『なに笑ってんだガキ』
「克彦がそんなこと言うなんて、意外すぎて」
『はぁーあ、マジでだりぃ』
「悪かったよ、笑ったりして。克彦のせいじゃなくて、俺のは先天性だから。最初から女性を好きになれなかったんだよ」
『……あ、そう』
たぶん俺は、克彦のことが好きだったんだろう。
兄弟という境界を越えて。
それこそ依存してしまうくらいに。
でも今は、不思議と離れることができる。
1人でも大丈夫だと、克彦がいなくても生活できると、亮雅さんが教えてくれたんだ。
『……幸せになれよ』
「え?」
小声でなにか呟いた克彦だったが、ちょうど風の音にかき消されて聞こえなかった。
「ごめん、聞こえなかった。なに?」
『なんも言ってねーよ、ハゲ』
「ハゲてないし……まどかさんにはそんな言葉使うなよ? 女性なんだから」
『使わねーわ。んじゃ、お前と喋ってるとアホが写りそうだから切るぞ』
「はぁ? なんなんだよ。……まぁいいけど、じゃあまた水曜日に」
『おう』
通話が切れて、なんだかモヤモヤしたままスマホをしまった。
気づけばテントも片付いていて、焦って駆け寄る。
「すいませんっ、克彦と電話してて」
「あぁ、大丈夫だ。陸が釣り竿持ってて危ねぇから、あれだけ車に運んでくれるか」
「分かりました。陸、俺が持つよ」
「おさかなつりざお〜。ばぁぁ」
「はいはい、貸して」
両手で抱えた釣り竿を受け取って車へ向かう。
隣を歩く陸の首には虫かごが提げられている。
亮雅さんと一緒にいてもいいのに、わざわざついてくるところが可愛くて笑ってしまう。
「今度、克彦と買い物に行こうか」
「かしゃんと行く! たまご買ってもらうっ」
「なんで卵?」
「あっためて育てるの」
「ぷはっ、なんだそれ」
「とりさんとりさんっ」
……なんでだろうな。
俺は被害者であって、克彦を許さないこともできる。
でも許したいと思ってる。
克彦は血も涙もないような人間じゃない。
今なら分かるから。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
138 / 231