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陸は花が好きだ。
その影響があって、俺も最近は花を眺めることが趣味のひとつになっている。
亮雅さんに頼んで花屋へ寄ると、ネットで調べたばかりの胡蝶蘭が並んでいた。
「気になるのか?」
「ちょっと……気になるだけ、ていうか」
桃色の胡蝶蘭の花言葉は『あなたを愛します』という意味だった気がする。
こんなスピリチュアルなものを信じる質ではなかったはずだが、思い出すと頬が熱くなってきた。
亮雅さんが少し離れたところで花を見始めると、女性の店員が隣へ屈んできた。
「彼氏さんですか?」
「え」
「すみません、違っていたら。恋人に胡蝶蘭を贈る方は結構いらっしゃるんですよ。この花は幸福を願うという意味も込められているそうなので」
「そう、なんですか……」
あまりにも自然に言うから、こちらの方が驚いてしまった。
俺と亮雅さんが恋人だと気づいても彼女は一切動じないらしい。
幸福を願う……か。
たしかに、言霊は偶然こそあれど実際にあるものだ。
願えば叶うというのも、きっとゼロではない。
「明日、取りに来たいので……これをください。予約で」
「はい、ありがとうございます」
花言葉の意味は亮雅さんには教えない。
きっとその意味を知ればまた調子に乗りそうだから、俺だけの秘密にしておこう。
「へえ、胡蝶蘭か」
「! は、はい。綺麗だなって、思って」
「たしか胡蝶蘭は陸が大好物って言ってたな」
「……なんか、好きな食べ物みたいに聞こえるんですけど」
「ああ、そう言ってたんだよ」
いや、それはおかしいだろ。
陸は草食動物だったのか? 花を食べるってなんだよ。
「ま、嘘だけど」
「車に轢かれてください」
「懐かしいな〜、ここら辺で優斗と会って俺が誘拐したんだった」
って聞いてないし。
でも、たしかに懐かしい場所だ。
入社したばかりで、プライベートで上司と顔を合わせるのが嫌だった俺は挨拶もせず立ち去ろうとした。
誘拐されたというか、助けられたという方が正しいんだけど……
「あん時はまさか好きになるなんて思ってなかったよ。生意気な部下ができたとは思ったけどな」
「……」
「お前実は俺のこと嫌いだっただろ。知ってんぞー」
「あ、あれは……べつに、」
「俺が声かけるたびに嫌そうな顔してたもんな」
「な……なんでそんなとこまでちゃんと見てるんですか。というか、気づいてたのに何度も誘ってきてたんですね……」
今でこそあれは食わず嫌いや羨ましさゆえのようなものだと思うが、当時は自分でも手がつけられなかった。
自暴自棄が加速して亮雅さんが敵に見えていたんだ。
「嫌ってんのは優斗だけだからな。勝手に嫌われてる俺が気を使う必要ないだろ?」
「そのポジティブさが羨ましくて嫌いでした」
「ぷはっ、ようやく素直になってきたじゃねえか」
「……」
今なら少し分かる。
亮雅さんは無神経なポジティブさを持っているわけじゃない。
苦労してようやく見つけた生き方なんだろう。
現に、俺のように悩みを引きずっている姿だって知っている。
このおかげで、人は誰でもそんなに強くないのだと知ったんだ。
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