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簡単な教室の清掃の後、帰りのSHRも終わった。教室が一気に騒がしくなり、クラスメイトたちが教室から出ていく。さようなら、また明日という言葉が飛び交うなか僕は一人鞄の中に教科書を仕舞っていた。できるだけ存在感をなくしているから、みんな僕には構わない。それが今の僕にはちょうど良かった。
けど、今日は違った。
「春田、またな」
「う、うん。また明日」
隣の席の田崎くんだ。彼は今日の最後の授業で教科書を忘れたらしく、一緒に一冊の教科書を見ることになって初めて話すようになった。彼はすごく人懐っこくてクラスでも人気がある、僕と真逆の存在だ。
田崎くんは眩しいくらいの笑顔で僕に手を振ってから友達と一緒に教室を出ていった。
また明日、なんていつぶりに言っただろう。僕、ちゃんと言えてたかな。
少しだけ今までとは違う環境に胸が高鳴るのがわかる。嬉しくて、どきどきしている。こんな感情は初めてだから大切にして、忘れないようにしないと。まずは早く家に帰って兄に報告しよう。きっと、喜んでくれるだろうな。
廊下に出ると、同じ学校の廊下なのにいつもより何故か明るく見える。これも田崎くんのおかげかもしれない。軽い足取りで廊下を歩いていると渡り廊下に繋がる曲がり角から突然人が現れて僕は真っ正面からぶつかってしまった。
「わっ、ごめんね」
「す、すみません…っ」
上から聞こえた声には覚えがあった。慌てて見上げるとやっぱり、あのプリントの先生だ。ぶつかった拍子にずれてしまった伊達眼鏡を直した直後に何故か先生が僕の眼鏡を外す。驚く僕に構わず前髪をさっと横に流して、彼は微笑んだ。
「せ、せんせ…?」
「やっぱり。今朝プリント拾ってくれたの春田くんだったんだ。いつも顔が隠れてるからすぐに気が付かなかったよ」
そう言って彼は僕に何かを差し出す。両手で受けとると、手のひらにはヘアピン。意図がわからず彼を見つめるとさっきよりも丁寧に僕の前髪を分けて、分け目をそのヘアピンで固定した。
「えっ…」
「前、見辛くない?」
「こ、これは、その…顔を、隠すのに…」
「えっ、そうなの?どうして、こんなに綺麗な顔なのに」
「…僕の顔、女の子みたいだから」
「女の子みたいって言われたの?」
「…はい、ずっと、そう言われてきました。でも顔が隠れていれば誰も僕に関わらないので、このままが良いんです」
「綺麗な顔なのに、勿体ない」
「も、勿体ないだなんて…。あれ、そういえば先生なんで僕の名前知ってるんですか?」
「今朝、プリント拾ってくれた子にお礼が言いたくて探してたんだ。新入生で名前もクラスも分からなかったから、一年生の生徒名簿見て片っ端から似てる人を探してたんだ。でも、こんな綺麗な髪色の生徒は春田くんだけだったから、すぐわかったよ」
「そう、ですか…」
「今朝はありがとう。春田くん」
「い、いえ。どういたしまして」
先生は伊達眼鏡を僕の手のひらに乗せると優しく微笑んだ。
「春田くんのクラスは明日の一時間目に初めて授業するんだ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。…えっと」
「僕は神岡だよ」
「神岡先生、ありがとうございます。僕、自分の容姿をこんなに褒めてもらったの初めてです」
「…明日、前髪分けてみない?僕の授業の時だけでも良いから」
「で、でも…急に変わったら、変に思われないでしょうか」
「最初はみんな驚くと思う。でも、その時に春田くんを見るみんなの目はきっと嫌な目じゃないと思うんだ。それにまだ入学して三日目だしね。僕は春田くんが今までどんな思いをして来たのか知っている訳じゃないから無責任な提案かもしれないけど…きっと良い方向に変わると思うな」
「神岡先生…」
「春田くん、今日用事ある?もし良ければ今までのこと聞かせてほしい」
少し屈んで僕の顔を真っ正面から見る神岡先生の口調は優しいけれど眼鏡の奥の瞳は真剣そのものだった。
僕は所謂“学校の先生”が昔から苦手だった。小学5年生のとき、僕を殴ろうとした男子から庇った兄が血が出るほどの怪我をしたときそれを見た母が担任に相談しようとしたが全く取り合ってもらえず、結局何も解決しなかった。今思えば兄に怪我を負わせた生徒を、もしあの担任が注意などしたところで逆恨みされる可能性もあるのだからあれはあれで一つの手だったのだろう。しかしこちらの話を聞き入れない担任の態度に僕は幼いながらに不信感を抱いた。
中学校も、小学校の先生と同じような先生ばかりだった。
親以外の大人は教師であってもやっぱり他人なんだと強く実感した。その経験から高校でもできるだけ教師や他の生徒と関わらないように学校生活を送ろうとしていたのだが。
こんな風に話しかけてくれる先生はいなかったから。真っ直ぐに目を見て話してくれる先生は初めてだったから。僕はつい、首を縦に振った。
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