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先生に挨拶をしてから、廊下に出る。ついにこの時がやってきてしまった。でも不思議と何とかなるような気がしていてまるで今朝までの僕と今の僕では違う人間みたいだ。教室へ向かう途中、昇降口を通る。靴箱にはほとんど内履きが入っていて生徒はまだあまり登校していないみたいだ。
「春田、おはよ」
後ろから急に聴いたことのある声が僕に話しかけてくれる。そんな人は一人しかいないからすぐに声の主が分かった。
「た、田崎くんおはよう」
「朝早いんだな。…あれ?今日は前髪分けてるんだ」
前に回り込んで背の高い田崎くんが僕の顔を覗き込む。いつもより良く見えるから、やっぱり恥ずかしくて目が合わせられない。
「う、うん…やっぱり変、かな」
「いや、めちゃくちゃ良いっつーかそっちのほうがいいと思う」
「ほ、ほんと…っ?」
「俺、席隣だからさ何となく春田の顔見たときに丁度顔が見えてさ、すごい美人なのに勿体ねーなって思ってたんだよ」
「えっ…」
「俺だけの秘密にしてようかなと思って黙ってたんだけど…、いやでもそっちのほうが良いわ」
「あ、ありがとう…」
思わぬ評価に、胸が高鳴る。僕が思っていた最悪なシナリオはどうにか回避できるかもしれない。
「でも、急にどうしたんだ?進路指導の先生にでも怒られたか」
「あ、えっと…」
「あ、ごめん教室行くところだったんだよな。行くか」
「う、うん…」
そうだよね、やっぱり急に変わったら不思議に思われるよね。でも、あのまま進路指導の先生に怒られたって嘘をついたら、神岡先生がせっかく協力してくれたのにその思いを裏切ってしまうような気がした。
教室では、不本意ながらクラス中の生徒の注目を浴びた。だけどそれは決して嫌な目では無かった。むしろ暖かい声をかけてくれることが多くて、僕は溢れてしまいそうな涙を必死に笑顔で堪えた。
「でも、春田なんで顔隠してたんだ?」
今日、ここで最後の勇気を出せばきっと先生との約束を果たせる。依兎に、お母さんやお父さんに良い報告ができる。意を決して僕は、クラスメイトに中学生までにあったことを話した。ここには、僕の今までを知っている人は一人もいないから、全部話した。いじめが原因で顔を隠していたこと、だけど代わりたくてやっぱり顔を隠すのをやめたこと、上手に話せていたかは分からないけど小さな僕の声を聴こうとしてみんな僕の近くに来てまできちんと聴いてくれた。僕の隣で相槌を打ってくれた田崎くんが良く頑張ったなと頭を撫でてくれた。その言葉をきっかけに、みんなそれぞれに優しい言葉をくれた。
「ごめんな、春田が悩んでるって知らなくて昨日まですげー暗い奴だって思ってた」
「俺も、ごめん。でも話してくれてありがとな」
今まで話したことのない人たちも、みんな僕を思って話しかけてくれる。僕はついに抑えてた涙を流してしまった。
「な、泣かないで。私まで泣いちゃいそう…」
「話してくれてよかったよ、これからもよろしくな」
嗚咽で何も話せなくなった僕の背中を、田崎くんがさすってくれた。ありがとうって何度もみんなに伝えた。そして昨日まで、ほんの少しでもクラスメイトのことを中学校の同級生と同じ人かもしれないと思っていたことが申し訳なくなった。
「僕…、さっきまで教室に入るのがすごく怖くて。もし、中学校のときみたいに気持ち悪いとか、言われたらどうしようって。みんなのこと疑心暗鬼になってた…こんなに良い人たちばかりなのに。ごめんなさい…」
「春田が謝ることじゃないよ。悪いのは今まで春田のことを虐めてた奴らだろ、そいつらが最初からあんなことしてなかったら春田はこんな思いしなくて済んだんだ」
「田崎くん…」
「そうだよ、私たちはそんなこと気にしてないし、春田くんがそう思っちゃうのも仕方がないから」
「ありがとう、本当に…」
「ま、改めてよろしくな」
「う、うんっ、よろしくね」
田崎くんがハンカチで涙を拭ってくれて、なんとか落ち着いた。そこで丁度、予鈴が鳴ってみんな自分の席に着く。今までと同じ景色なのに見え方が全く違っていて、昨日まではモノクロに見えていたけれど今は色がついたように綺麗だ。
「おはようございます…って、みんな偉いねまだ五分前なのに着席してる」
明るく教室に入ってきたのは、一限目担当の神岡先生だ。早く彼にさっきまでのことを報告したかったけれど、この雰囲気を見て察したようだった。神岡先生が、僕を見て微笑んだから。僕も先生に笑って返した。
「良い雰囲気のクラスだね。みんな、初めまして。物理担当の神岡です」
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