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1話 代償①
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―健吾―
「やっぱり足りない」
狭いアパートの一室でそう呟いたのは夏樹健吾。41歳の土木作業員の彼は稼ぎが決して多いとはいえなかった。そしてテーブルに置かれていたのは通帳と私立校のパンフレット
野球に強い学校で1人息子の夏樹俊哉のために何とか行かせてあげたかった
「またそれ見てんのかよ?別にいいって、オレ県立行くしバイトだってするし」
「ダメだ。折角才能があるのに強いところ行ったほうがいいだろうが」
いつの間にか俊哉も帰ってきていた。手にはスーパーの値引きで手に入れた卵と鶏肉を手に部活の後すぐに行ったのだろう。土で汚れ汗の臭いが染み付いたユニホームのままだった
よく見ればそのユニホームはあちこち解れているし、特にスライディングで擦れる太ももは下に穿いている黒のスライディングパンツが透けて見えるほど。アンダーシャツも破けていたり長い白のソックスは足の指が見えている
金が無いばかりに新しいのを買ってやれない。家賃や光熱費、食費等で日々ギリギリの生活だった。本当なら野球も苦しいのだが、学生時代はアメフトをしていた健吾はスポーツで出会う仲間や、苦労して得られる喜びを知ってほしかった。息子にも同じように幸せに過ごして欲しい。何とか捻出して揃えたユニホームももうボロボロになってきいた
そんな家庭状況に健吾はなぜ県立じゃなく私立校を進めるのか、バイトをすることを許可しないのかというと中学校の野球部の監督の言葉が原因だった。『最初はどこにでもいる球児だったけど、2年になるころにはレギュラーでも活躍するほど上手くなって驚いたよ。強いところ行ったら化けると思いますよ?』と
同時に私立校のパンフレットも渡されたのだ。これを聞いた健吾は俊哉の野球はここで終わらせるには勿体無いと思ってしまった。それからずっと節約しても入学資金が足りないのだ
「オレはもう十分満足したよ。野球楽しかったし。でも高校じゃもっと金かかるんだろ?バイトして少しでも学費や生活費稼ぎたいし」
「…野球は飽きたのか?」
「そんなこと無いよ!卒業したらー…草野球とかできるならやりたいと思うし。親父のおかげで楽しかったからオレだって、親父を楽にしてやりてぇよ」
練習が終わっても帰ってこないなんてよくあること。汗臭くして疲れて帰ってきた健吾を見てきたからこそ俊哉はこれ以上苦労は掛けたくないという思いが強かった。ましてや俊哉のポジションはキャッチャーだから防具費など余計に掛かるのだ。ショップで値段を見て到底安くは無い防具を買い与えてもらった感動は今でも覚えていること
苦労の元凶は自分。それをひしひしと感じ残り少ない引退までの野球選手生活をやり遂げようと思っている。野球はコレで終わり、高校からはバイトをして少しでも楽にしてやりたかった。でも健吾は理解はしても許可はしなかったのだ
「野球をしろっていうなら…そりゃするけど、でも私立じゃなくても県立でもできるし」
「この辺の県立は対して強くないだろ?」
「強いとか弱いとか関係ないよ!まあ甲子園には行ってみたかったけど、やっぱやるなら楽しくやてぇ。それだけで十分だから」
「俊哉、お前はまだ子供なんだから父さんに甘えたって良いんだからな」
「親父!どこ行くんだよ!?」
「…銀行だよ」
「親父!!」
野球は楽しい。熱いし痛いしボールが股間に当たったときは信じられないくらい激痛だった。でもそれだけ苦労して勝った時の感動、負けたときの悔しさ。健吾が無理をしなければ到底得られるはずも無かった宝物。野球をしたいという欲求は当然ある
けれど父親を犠牲にしてまでやりたいわけじゃない
母親が物心付いたときにはすでにいなかった俊哉にとって父親が唯一の繋がりであり大切な家族。親戚もいるが父子家庭の俊哉からすれば劣等感を感じずにはいられない
銀行と言って出て行った健吾の後を追わず着替えを済ませた俊哉は今晩のご飯に取りかかった
夜の街をあるく健吾は色々考えたがやはり俊哉には立派なところに行って活躍してほしい。野球の才能があるからきっとプロにだってなれる。そう思って財布と同じところに入れていたポケットティッシュを見つめた
「やっぱり、コレしかない……よな」
呟いた言葉は生暖かい風に流されてしまったが、手に持ったものは離さなかった。ポケットティッシュのチラシにはお金を貸しますという文字。いわゆるサラ金と言う物だ
良い噂なんて当然聞かない。高い利子が付いて回るのがサラ金の怖いところだが、必要なのは入学資金だった。土日祝日や深夜も働けば100万なら返せるだろう。そんな甘い世界ではないことを露知らず健吾は携帯を取り出し、書かれていた番号を入力していった
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