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――目が覚めた頃、昨夜の出来事がぺったり脳裏を過るあたり、酒の効用なんてせいぜい肝臓を年老いさせるくらいものしかないのだと感じる。
まだ朝焼けが美しい午前6時。これからの時間は徐々に気温も太陽も上り、春のうららかな気持ちとともに人間を心機一転させる。ベランダに出た一条は、春暁の景色を、まだ半分の家が寝ている町を見ながら一服するため、タバコを一本、キャベネットの棚から持ち出した綺麗な箱を開ける。新品ではない。
おっと、柳瀬がいるんだった、そう言いながらいつも吸うタイミングを逃している。タバコを吸うのは決まって柳瀬が家に泊まり、ビジネスライクを振りかざされたときだけ。
サラリーマンの直帰のように、済ませるだけ済ませた後、あっさり帰られた日はキャビネットの引き出しにいる慰め要員が大いに活躍する。が、1カートンも買って、一度にばかすか吸うものの、御用になったのは数えるほどしかない。
昨夜の記憶が、ある一部分だけでも――「キスはオプションだ」柳瀬が男を誘い受け、快楽以外の愛情表現を有耶無耶にするあの部分だけが、抜け落ちていればと寄せた淡い期待も、タバコを持ち出している時点でわかりきった答えだった。有耶無耶にされたくなくて、足掻く自分もついでに忘れてなどいない。
けれど、一人暮らしを始めた去年。一条は、自身で選んだ相手と初めて対峙し、悩んでいるこの難しい関係でさえ、大切だった。自分の手で繋ぐ人間関係に喜びを感じてもいた一条は、柳瀬だけは最初に見つけた柳瀬だけは、自分から離れることはしないと決めている。いつだって柳瀬の味方でいると。それが一条自身の願いと相違があったとしても。
吸わずに煙草の箱を握ったまま、ベランダを後にする。朝からヘビーだが、生姜焼きの準備に取り掛かるためだ。
と、その前に、寝室に眠る柳瀬を起こす。身体を揺すり優しく、朝だよ学校、と耳元に囁く。
「今日は行かねぇから、もうちぃと寝かせろ」
「えぇ、高校行かなきゃだめだよ。ほら、起きて」
二度寝を決め込んだ柳瀬は、布団を頭からかぶってしまう。もとより平均以下の体格で、くるまって二度寝し始める柳瀬がさらにか弱く冬眠中の芋虫のように思えてくる。
そこに愛らしさを感じながら、一条は、なかなか起きない柳瀬を心配していた。一条といるときでさえ、堂々とサボろうとしているのだ、一緒にいない日は増してサボっているだろうと。出席日数が足りなければ、どんなに成績が取れていても問答無用で留年だ。そして、そんなにサボりをしているなら、当然、授業にもついていけているはずがない。だからこそ、出席だけはさせておきたかった。
勉強はやれといってもやらないだろうし、「教えてくれ」などと弱点をみせることは絶対にしないだろうから。
そこまで考えて、ひとつ息を吐く。
柳瀬の誰も自分の心の奥を見せてくれないことに関しては、ベランダで蓋をしてきたはずだ。
「柳瀬、今日の朝、生姜焼きだよ」
「食う」
二言返事で即答する。むくりと起き上がり、眠そうにしているが寝室を出ていった。柳瀬のあくびが寝室のドアが閉まると同時に消える。
「胃袋はちゃんとつかめてるんだよね・・・・・・」
寝室に残る一条。頑なに他人と深いかかわりをもつことを嫌う柳瀬だが、どうしてだか、一条の手料理は大好きなようで、朝が苦手でも一条の手料理一つで釣られるくらいには、楽しみだった。
これが一条に、柳瀬と関わることをあめられない理由のひとつでもある。無意識か意識的か、実は別の扉は開けておいてくれているのだ。付け入る隙を与えてくれる。
この手に、他の人はまんまとかかって、そして、深入りしすぎだと今度は手のひらを返すように追い出されてきたのだろう。
一条はまた、一呼吸おく。
信用されている、恋愛的でなくとも友情はもってくれている、と勘違いしないために。
あくまで、一条が作る料理が好きなのであって、一条が作るからすきなのではない――。
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