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白き骨の鳴る懺悔室
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幼い少女が座っている。
こちらを見つめると、苦しそうに咳ごみ始める。
彼女の咳は止まらずにその口からは息とともに大量の血が溢れ出した。
ひとつ、またひとつと咳をする度に彼女の服は赤く染まり、座り込む床はすぐに血の海と化してゆく。
最後に何か内蔵のような塊を吐き出すと少女は力なく倒れた。
俺はその光景を目の当たりにしながらひとつも動けない。
気がつくと今度は少年が立ったままこちらをじっと見つめていた。
少年は何か言葉を発する。
よく聞こえなくて耳を凝らした。
『なんで殺したの?』
少年は虚空の瞳に俺を写した。
なんで、殺した?
なんの事か分からなくて俺は怖くなった。
気がつくと少年の胸にはナイフが刺さっていた。
口元から血が溢れ出し、胸元はどんどん赤く染ってゆく。
『なんで殺したの?』
少年は真っ黒な瞳で血を吐きながらそう言った。
怖くなって俺は頭を抱えた。
ふと足元を見ると血塗れの少女が足にしがみついている。
『...しいよ、苦しいよ...』
「やめてくれ!俺は何もしてない!」
思わず叫ぶと、少年も足元にしがみついていた。
近くに来てようやく分かった。
「にいちゃん、苦しいよ...助けて...」
「にいさん、どうして僕を、リノアを見捨てて殺したの?」
その二人が弟と妹である事が。
「ち、違うんだ!俺はお前達を、見捨てた訳じゃなくて...俺は...俺は...」
頭が狂う程叫んだ。
「ああああああああぁぁぁっ!...」
自分の声で目が覚めた。
酷い汗と寒気、呼吸が整わなくて苦しい。
辺りを見回してしばらく現実と夢の認識を確かめる。シエロとリノアはここにはいない。あんなに幼い時に死んではいないし、今は安全な王都にいるはず。
広くホコリ臭いベッドが現実で、血溜まりが夢だ。分かっていても何度も何度も自分の中で確かめる。
しばらくして呼吸が整ってくる。
部屋を見回しても誰もいなかった。
時間はまだ午前中みたいだ。
「きぶん、わりぃ...」
寝汗で濡れた肌には一層冷える部屋の寒さだった。
「悪夢の頻度は?」
「初めてここに来た直後よりは減ったよ。んー、ドストミウルが核になってた時は正直毎日のように見てたけど。」
夜になって俺は薄暗い部屋で白衣を着た骸骨と二人でいた。
ドクターは机でカルテを書きながら質問をしてくる。俺は向き合うことも無く、椅子に座ったまま部屋の隅にあるベッドに突っ伏していた。
「死にたいって思うことある?」
「...全く無いわけじゃない。」
「どういう時?」
「嫌な事があった時だけど、あと何でもない時に俺何してるんだっけって思って苦しくなる。なんで生きてんだっけって...」
ドクターはふむふむと言いながらペンを滑らせた。
「自分がおかしいと思うかい?」
「イカれてんなとは思うよ。こんな部屋で骸骨と喋ってんのもそうだし...」
カノルはふっと息を吐くように笑った。
「悪夢見る度に精神どっかぶっ壊れてんだろうなーとは自覚してる。」
「旦那様と居る時に辛くなる事はある?」
「それは...無いかな。喧嘩して腹立つ事はあるけど、ドストミウルといてネガティブな感じにはならないかなぁ。」
ドクターの筆音が鋭く部屋に響いた。
カノルはふと顔を上げてドクターの方を見つめた。
「俺ってドストミウルに依存してると思う?」
「酷い依存ではないと思うけど、近いものはあるんじゃないかな。境遇と環境がそうさせている、仕方ない部分はある。」
「おかしいよね。」
「でもな、カノル。人間がたった一人でこんな所にいて気が狂わないって奴もおかしいと思うぞ。」
「それはたまにイフにも言われるね。」
ドクターはトントンと指でカルテを叩いた。
「ただの環境の話ではないんだよ。旦那様は死の化身だ、あの方の元に身を置くという事は死とともに生をおくると言う極めて複雑な生活を君はしている事になる。君のその精神の暗い部分の示すところはつまり死への渇望だ。旦那様を愛するということは、死を愛すること、すなわち死を望むことになる。分かるかい?生きた人間が旦那様と共に過ごす事がどれだけ矛盾していて、複雑な構造を生む事になるか。」
「...」
カノルは難しい顔をしながらドクターを睨んでいた。
「決して君を否定している訳では無い、それは分かってくれ。ただね、君は自分が思っているよりもより複雑な事を毎日当たり前のようにこなしている。その中で生まれる歪みが結局君の精神を蝕むんだ。」
カノルは一瞬視線を逸らすと、眉を上げてからドクターを見た。
「あー...つまり、俺様すげぇって解釈でいい?」
「悪くない解釈だね。」
ドクターはまたペンをとった。
「冷静になって考えられる今でも家族に罪悪感を感じる?」
「...成人してない子供置いてきたようなもんだからね、感じるなって方が難しいかな。わかるでしょ。骨だからわかんない?」
「あ、ボク?ボクはそういうの分からないよ。」
「人の気持ちが分からないやつがよく医者なんてなのるよな。このヤブ医者!」
ドクターの顔を見つめて思い切り吐き捨てた。
「ヤブ医者じゃなくて、闇医者ね。ほら、ボクって精神科は専門じゃないんだ。もともと切るのが好きで外科医やってたし。」
悪びれた様子もなく、歯をカタカタと鳴らしながらドクターは笑っていた。
「初耳なんですけど。本物のヤブ医者じゃねぇか。今までのカウンセリングって何だったの...」
「君の深層を探るための旦那様の刺客って所かね。ただ、第三者に話をするって言うのは気が楽になるだろう。」
確かにそれは完全否定できない。毎日会う連中に自分の心の弱い部分を吐き出すのは難しい。
「うん、まあね。ここで言ったこと全部アイツに筒抜けるって分かってるけど、こういう機会があるって言うのは悪くないかな。」
「都合のいい考え方としては、君が仲間に裏切られてここに来た時君は一度死んだ事に仮定する事だ。君は魂だけで生きてる亡霊で死後の世界を謳歌している。そう思い込むのがいいと思うよ。」
「それはドストミウルにもよく言われるよ。本当にゾンビにしてくれれば一番気が楽なんですけどね。」
「それは直談判しておくれ。」
「毎回断られてるけどね!」
「まあいいさ...そろそろ時間だ、長居はまた頭を混乱させる。また暇だったら来なさい。」
「今回で大分来る気は失せたけど...アンタみたいなクソ医者になら何話しても大丈夫そうかなとは思えたし、また来るよ。」
俺は席を立つと部屋を出て扉を閉める。
どうせまた今日の話はドストミウルに全部伝わって、変な気の使われ方をして、ずれた気遣いをされるんだろう。
でも、それも悪くない。
頭まで空っぽな骸骨の医者に、毎回ズカズカと心の奥を探られる。嫌な気分になる時もあるけど、イカれたヤブ医者はどんな感情も何でもないように聞きすごしてくれる。それが案外楽だったりもする。
そう考えるとヤブ医者も優秀だったりするのだろうか。
心の底の狂った感情を何でもないように吐き捨てられる場所、不安と罪悪感を再認しつつその重みだけを置いていける場所。
さしずめここは俺の懺悔室だ。
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