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裏切りの吸血鬼⑤
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夜だと言うのに、あたりは影が色濃く映るほど明るかった。煌々と光を放つアーモストの剣はドストミウルに向いていた。
「何か、言い残すことは?」
アーモストは片目を細め、ニヤリと笑った。
ドストミウルはじっとアーモストを見ていた。
「おいっ!ドストミウル!!アンタこのままやられる気か?ふざけんなよ、ドストミウル!!」
カノルが拘束の中で暴れ叫んだ。
アーモストが踏み込もうと足に意識を向けた時、誰かに足を掴まれた気がした。
「!?」
気がつくと足元は闇より深い瘴気に覆われており、その瘴気の中からひとつふたつと干からびた手が伸びて足首を掴んでいた。
「小癪な!」
アーモストは光の剣で闇からの手を薙ぎ払ったが一時的に解消されるだけで、今度は更に多くの手が足を掴む。
カノルは酷い寒気を感じていた。
拘束台の上にいる分、床に生じた瘴気からは距離があったがその禍々しい魔力を体が恐れていた。
頭の中によく分からないうめき声が響き、気分が悪くなった。体が震え、さっき刺された傷口が抉られるように傷んだ。
それは心がすり潰れるほどに重い恐怖だ。
辺りはいっそう闇の色を濃くした。
「なっ...!?」
アーモストは瘴気逃れようとヴァンパイアの羽を出した頃には既に遅かった。足元の闇がぱっくりと大きな口をあけて、自慢の剣ごと彼を飲み込んだ。
闇はそのまま地面の中に消えた。一瞬にしてアーモストはその場から姿を消し、光の剣だけがぽっと吐き出された。
カノルはその光景を目を離すことなく見ていた。
そう、忘れてはいけない。
彼は死を制する者、この世の死の象徴、絶対的な死神、死の王である。
まもなく瘴気は消えていき、ひとり人数の減ったその場には。いつも通りの優しい月明かりがさしていた。
ドストミウルはふわりと浮遊してカノルの元へと向かった。
「カノル、大丈夫かね。」
カノルは目を見開いて焦点をずらしたままドストミウルを見つめ震えていた。
その心には先程の耐え難い恐怖の残像が残っていた。
「カノル、私だ。もう大丈夫心配いらない。カノル。」
ドストミウルはそっとカノルの頬に触れた。
徐々にその緊張は溶けてゆき、カノルの目は月明かりを受け表情が緩んだ。
カノルは口元に笑みを浮かべてから、小さく頷くと、すっと意識を失った。
「うむ、カノルにも多少良くない影響を与えてしまったか。」
ドストミウルはカノルの拘束を解き、ゆっくりと抱き抱えた。
「多少?よく言うよ、あんだけ強い魔力放っておいて。吾輩も怖くて震えちゃっタ。」
ギャリアーノはわざとらしく肩を揺らしながらドストミウルの隣についた。
「冗談はさておき、ギャリアーノ、今回の処遇はどうしようと考える。」
ドストミウルはギャリアーノの顔を見た。
「私からは注文は付けない。肉親とはいえ罪は罪だ。君が決めるといい。」
「...」
ドストミウルは俯いて考えている様子だった。
「うるさそうなのは私よりキミの相棒かな?」
「ああ、そうだろうな。」
「うへぇ、すげえだるいよー」
俺は部屋のベッドで横になっていた。
肩の痛みだけならまだしも、傷の影響か重い風邪のような症状が出て俺はほとんど動けなくなっていた。
「痛み止めは効いてるでしょ?それとも眠剤で強制的に寝ておくかい?」
珍しく部屋まで来てくれたドクターがそう言った。
「いっそ寝てたいんだけど、ドストミウルが戻るまでは起きてようかな。」
「気になるんだ、今日の会議の結果。」
あの日、ドストミウルが助けに来てくれた後からの記憶はかなり曖昧だ。
俺は拘束され、傷つけられた。でも、正直そんな事はどうでもいいのだ。一番の問題はアーモストがドストミウルに剣を向けた事。
反逆罪は万死に値する、とドストミウルは言っていた。
そして今日、アーモストの処罰が決まる。
ドストミウルはその用事で屋敷を空けていた。
確かにアーモストは馬鹿な事をしたけれど、イフの息子だ。アンデッドの家族に対する愛情がどれ程のものなのか俺は知らないけれど、知り合いの家族が処罰されるというのはなかなか心の痛む話しだ。
「決めるのは旦那様だしね。思う所はあるだろうけど。」
「うん、参考までにって俺からの意見も伝えたけど...」
薬で多少抑えられているものの、頭の中はじりじりと痛み、肩の傷口は気持ちが悪いほどに腫れぼったかった。
炎を纏ったコウモリ達が部屋を照らすヴァンパイア城の地下室。
罪人を取り囲むように立っていたのは、ヂャパス、アーテリー、ギャリアーノ、ドストミウルの4名だ。
アーモストは壁にはりつけられたまま能力の全てを無効化される魔法陣に囲われ、ひとつも身動きが取れないほどに拘束をされていた。
ドストミウルは口を開いた。
「ヂャパス」
「ドストミウル様の意見に従います。」
ヂャパスは小さく頭を垂れた。
「アーテリー」
「処刑を望みます。」
アーテリーは表情をひとつも変えず兄を見つめていた。
「ギャリアーノ」
「処刑を望む。」
ギャリアーノは少しだけ目を細めてそう言った。
「うむ。そんな所だろう。一応だがカノルからの意見だ。殺さないでやってくれ、彼は泣きながらそう言った。」
ドストミウルがそう言うとギャリアーノは眉間にしわを寄せた。
「くだらないね。」
「同感だわパパ。人間が幼稚なのは知ってるけど甘い意見ね。秩序を乱す反逆は重罪、種族の名声を上げようとしたのか知らないけど逆に名折れだわ。」
アーテリーは冷たくそう言った。
「今回の事だが、アーテリーの言う通り反逆は重罪だ。だが、個人的には剣を向けられた事よりも、カノルに傷を付けられた事に怒りを覚えている。」
ドストミウルは細長い指先をアーモストに向けた。
「だが、カノルは貴様の罪を許すと言った。」
冷たい沈黙が地下の壁に浸みた。
「アーモスト、貴様を我が使い魔として使役する。...慈悲だ、喜べ。」
ドストミウルそう静かに判決を下した。
「良いんですかおじ様、甘いのでは?」
アーテリーは腰に手を当て不服そうな顔でドストミウルを見た。
「甘いかどうかは微妙な線だよネ。分かっているさドルの様に酷く使う気なのだろうドストミウル?」
ギャリアーノは髭を擦りながら、横目でドストミウルをみた。
「どう使うかは私の自由だ。だが、生きている日を後悔する時が来ないとは言えまい。」
ドストミウルは指先をアーモストに向け、魔法をかけた。
そう、カノルの要望通り殺しはしない。
だが、私のカノルに傷をつけた事は死ぬまで後悔して貰わねばならない。
私は帰ってこう言うだけだ、君の気持ちを汲んで殺さない事にした、と。カノルはきっと喜んでくれる。
ドストミウルは魔法で小さな蝙蝠の幽霊のような形になったアーモストをマントの内側にしまい込んだ。
君は知らないだけだ。
アンデッドの世界は生死だけで、幸不幸が決まるものでは無いのだと...
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