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鍵穴の向こう②
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「時にカノル。始祖の勇者を知っているか。」
「ああ知ってるよ。始祖の魔王を打ち倒した始祖の勇者エウディケだろ。一応勇者部隊にいたからな、勇者学は一通り頭に入ってるよ。」
「それが嘘だとしたら...?」
カノルは困惑の表情を浮かべた。
始祖の勇者はとても有名な話だ、勇者学なんて習わなくたって、昔ばなしや噂で子供だって知っているくらい。それはこの世界では当たり前な伝説だし、各地に彼の記録や伝承や像なんかもある。
誰が嘘であるなんて疑おうか。
「少し昔ばなしをしよう...」
ヂャパスはゆっくりと話を始めた。
その昔、世界はまだ生まれたばかりだった。
世界には善悪もなく、統治する者もない。人々は生きる為に毎日畑を耕し、動物を狩り、助け合って生きていた。
ある日世界には絶対的な悪が生まれた。
それが始祖の魔王だ。
魔王はその力を振りかざし、人々を恐怖に陥れた。
初めは怯えるだけだった人々も少しずつ魔王に対抗しようと考えた。様々な種族が仲間意識を高め協力し合う事を約束した。武器や魔法を日々進化させ魔王の手下を倒せるまでになった。
ある村に勇敢な男がいた。
村の長の息子で、勇気があり、たくましく剣を使いこなす強者として有名だった。
後に彼は魔王を討伐すべく仲間を集めて旅だった。
彼は程なくして魔王を討ち滅ぼすことに成功した。世界は歓喜に溢れ、彼は始祖の勇者として名高く後世に語り継がれる存在となる...はずだった。
悲劇は魔王を打ち倒した直後の事だ。
必死の戦いを制し魔王に打ち勝った彼はその直後、仲間の槍によって心臓を貫かれた。
槍の仲間はこう言った。
『世界から祝福される勇者はお前ではなく、この私だ』
槍の仲間の顔は闇に歪んでいた。
彼は持っていた槍を捨てて既に死体となった亡き勇者の剣を握って笑った。
『私こそが魔王を打ち倒した始祖の勇者だ。』
エウディケはそう言って笑った。
カノルは眉間に皺を寄せて絶句していた。
今まで信じていた勇者伝説がそんな裏切り物語だったなんてにわかには信じ難い。しかし、ヂャパスが嘘を話すとも考えにくかった。
「エウディケ、彼は目の前の名声に目が眩んだのだ。」
「...ひでえ話だな。てか何でそんな事知ってるの?それにその話ドストミウルと何の関係が...」
そう言いかけた時カノルの脳裏にドストミウルのある言葉が浮かんだ。
『私も過去に裏切られた経験がある...』
カノルは思わず息を飲んだ。
「爺さん、まさか、その、殺された本当の勇者ってのが...」
「うむ。裏切りを受け名も残されずに歴史に埋もれた真の始祖の勇者、彼こそ死の王の根源たる人間だ。」
カノルはしばらく歪んだ顔を元には戻せなかった。
本来なら世界から祝福されるべきだった彼は、どんな思いで死んで行ったのだろう。エウディケを恨んだだろう、エウディケを祝福する人々を恨んだだろう、間違った歴史を語り継ぐ世界を恨んだだろう。それはどんなに辛い死だっただろうか。
「彼の魂は恨みに満ちたまま地に落ちた。やがて死者の魂を集め、無秩序だった死後の世界を冥界と称し統べるようになった。」
カノルは目を伏せた。
「今の旦那様は沢山の魂によって形成されている。必ずしもその精神全てが元の勇者様のものでは無い。しかし、儂はその核心には常に勇者様がいると感じておるよ。」
「じいさんは、何でそんなこと知ってんの?」
ヂャパスは尚もしっかりとカノルの顔を見ていた。
「儂は、勇者様の仲間をしていたのだ。その裏切りを目前で知り、勇者様と共に殺された...元々、旧知の仲だったのでな寄り添うように共に地に落ちて化け物に成り果てた。」
「...」
「大丈夫だ、勇者様とは恋仲ではなかった。儂にはちゃんと妻も子もおったよ。」
ヂャパスは少し鼻で笑っていた。
「余計にひでえ話だよ、ったく。」
カノルは不機嫌な顔のまま頭をかいた。
「酷く昔の話だ。それに、死の王となった後の旦那様は紛れもなく悪のお人だ。死の王ドストミウルの逸話は知っているか。」
「まあそれもいくつかは勇者学で習ったよ。村の子供を攫って喰うとか、不治の病をばら撒くとか、一晩で村の人を皆殺しにするとか。」
ヂャパスは頷いた。
「それもまた真実だ。死の王ドストミウルは紛れもなく恐怖の対象だ。それは今も昔も変わらない。」
カノルは混濁した気持ちを落ち着けるために一つため息をついた。
「...まあ、だからと言って初めに言ったことは変わらないかな。別に今の俺には人間がいくら死のうが勇者が負けようが関係ない話だ。」
そう言ったカノルの瞳は曇り一つなかった。
「俺は、俺の幸せが保てれば他のやつが死のうと生きようと関係ない。」
「お前の幸せとはなんだ。」
「ドストミウルと一緒に居ること。まあついでに周りのアンデッド共がのうのうと活動してれば最高かな。」
カノルは口の端を上げてヂャパスを見た。
ヂャパスもまたカノルの顔をじっと見ていた。
「ふうむ...お茶でも入れようかカノル。」
「そうしてくれよ、ついでに美味い茶菓子もよろしくな。」
いつもの調子でカノルはそう言った。
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