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過呼吸7 SideF
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SideF
カチ、カチ、カチ、と規則正しい音が耳を揺らす。
速さは93、長年楽器をやっているせいか反射的に答えを脳がたたきだした。
「……うるさ」
「愛、だって。」
「は?」
聞こえていた音が途切れ、さっきまでぼうっとボールペンをノックしていたキヨがじっとこちらを見つめてきた。
文句を言おうと開いた口は半開きのまま動きを止める。
「愛とは何か、だって。なんだと思う?」
「愛?急にどうしたわけ…?」
「なんだと思うーって、聞かれてさ」
「キヨが?誰に」
「んー…おれ、かな」
「はあ?」
まあ大したことじゃねぇんだけどな、とキヨが笑う。
急にどうしたのだろう。
柄にもなく、ニーチェにでもなった様な口ぶりの彼に少し違和感を覚えた。
「……哲学的に考えて?愛とは何か、ってことでしょ」
「んんー…別に難しい事は求めねぇよ、だってフジだし。お前が考える愛ってなにーって俺は聞きたいの」
気のせいだろうか、さりげなく悪口を言われた気がするがそれは一旦スルー。
……俺にとっての愛、とは。
一番最初に出てきたのはキヨの笑顔だった。
それから表情豊かな彼の色々な顔が浮かんでは消えていく。
ここまでくると認めざるを得ない。
俺はキヨのことが恋愛的な意味で好きなのだ。
キヨが色んな人と関係を持っているのも知っている、それでもなお、惹かれ続けている。
あっちが俺の事を意識すらしていない事はもうとっくに分かりきっていることなのに、
諦めきれず爛れた関係までもって、それにもすがりついて。
傍から見たら余程滑稽なんだろうな。
「大切な人に幸せになって欲しいって願う事……かな」
「へえかっこいいじゃんそれ」
一生懸命俺が考えて捻り出した答えをキヨは茶化すように笑う。
一瞬暗い影がさしたように感じるのは俺の気のせいだろうか。
「お前にもそんなやついるんだな」
「まあ、な。」
お前だよ、なんて言えるはずもなく適当な返事であしらう。
「そいつと俺、どっちが上?」
「……………は?」
妙に真剣な面持ちで彼はぽつりと呟いた。
真剣な顔つきと俺の心を見透かすような質問に、思わず息を飲む。
俺の戸惑いに気づいたのか、キヨははっとして何かを誤魔化すように笑顔を見せた。
「…なーんて、な!変な事聞いて悪かったな」
「キヨ、」
「いや俺か大切な人かだったら勿論あっちが上だよなあ。俺もお前だったらそう言うだろうし。俺はお前の性欲処理のお手伝いで構いませんよっと」
棘を含んだ言い方。
俺をそう見てるのはお前の方だろうに、
「…何もそんな言い方しなくても」
「あー言い方悪かったな、セフレ?これでどうよ。俺はお前の“愛”が欲しい、お前はヤりたい、まあいい関係じゃねえの」
……どこがいい関係だよ。
自分でも何にこんなに腹をたてているのか分からない。
でもどうしようもなく悔しくて、いらいらして、それらがずっと閉めていた扉を開いてしまった。
言えばもう元の関係に戻れない、キヨから“愛”すら求められなくなるかもしれないその言葉。
「……………お前だって」
「あ?」
「俺の、大切な人。お前だって言ってんだよ」
へらへらと笑っていたキヨの動きが止まる。
何してんだ、今すぐ冗談だって誤魔化せ弁解しろ。
「俺はお前が好きなんだって。お前が色んな人とやってるのも勿論知ってる、本音を言えばずっと嫌だったんだよ、会う度にキスマやら噛み跡やら増やしてきやがって。貞操ゆるゆるだしヒラには殺されかけるし、その身体中の痣は親父さんだろ?いやうっしーとかレトさんも入ってるのか。なあもうこんなことやめてくれ、いつかお前の身がもたなくなる。お前が心配なんだよ、だって俺はお前を、」
愛しているから____
1度決壊した鍵はもう戻ることがなく、大声でまくし立てたせいで最後の言葉は掠れていた。
恐る恐るキヨの顔を見る。
キヨは驚いたようにぱちぱちと瞬きをした後、
微笑んだ。
「なん、で」
「……俺も、フジのこと好き」
思わぬ返答に大きく胸が鳴る。
いつものふざけた雰囲気もなく、嘘をついているようにも見えない。
喜んでいい事のはず、なのに。
何かがおかしい。
変、だ。
「キヨ、それ…、っ」
「んー………?」
熱に浮かされたようなぼんやりとした目のキヨが俺の首に手をまわした。
焦点があってない瞳に俺の姿が映る。
唇に柔らかいものがあたった。いつもと変わらない、どろどろとしたキス。
……“そういうこと”じゃ、ない。
「き、よ……ストップ、やめろ!!」
「…なんで、俺のこと愛してくれるんじゃねえの…?」
キヨが不思議そうに小首を傾げる。
男が好きそうなこの動作もそれを知っててわざとやっているのだろうか、なんて、どうでもいい疑問が頭をよぎる。
「…………これじゃいつもと変わんないじゃん」
「逆に、何が今までと変わったんだよ」
「は?だってお前、さっき…………、」
俺の事好き、って。
特別暑いというわけでもないのに、嫌な汗が背中をつたった。
不思議そうな顔のままキヨが口を開く。
「俺はフジも好きだよ、だって俺に“愛”をくれるし、セックスもしてくれる。
それはレトさんとかうっしーとか、父さんとか兄さんも一緒。
お前は俺を“愛してる”、俺もお前が“好き”。今までと一緒だろ。」
…………ようやく、違和感の正体がわかった。
キヨは幼い頃からずっと、濃い歪んだ愛を与えられ続けてきた。だから、
自分から人を愛する方法を知らないのだ。
俺にとっての愛は酸素だから、とキヨが言っていたのを思い出す。
息を、酸素を吐き出す方法を知らず濃い濃度の毒を吸ってばかり、まるで過呼吸。
行き場を無くしたその毒は一体どこへ行くのだろう。
「…フジ?どーしたよ、大丈夫か」
「………なんでもない。ありがと」
首に回されていたキヨの腕を解き、なんとか笑顔を作る。
「え、…?なんで、」
「ごめん、俺もう帰る。そーゆー気分じゃなくなった」
「なんだよそれ………!」
荷物をとろうと立ち上がると、服の袖が後ろへ引っ張られた。
キヨの声は何故か震えていて、泣きだしそうにも聞こえる。
振り向いたらもう戻れないのはわかっている。
俺はその手を振り払って外へ出た。
俺なんて大勢の中の1人で、あいつにとって特別でもなんでもないはずなのに。
あんなに“愛”に固執するなんてやっぱり異常だ。
このままじゃキヨの身体には毒が回り続けるばかり、吐き出し口を探さなければいけない。
俺たちの愛がキヨを苦しめてるんだ。
だから俺は離れるよ。
俺が離れたところで少ししか状況は変わらないだろうし、変わるかも分からない。
…でも、それがキヨのためになる可能性があるのならば。
俺の気持ちなんてどうなっても構わない。
毒を毒だと認識して、依存するのをやめて、
本当に愛する人を見つけて欲しい。
その時は笑って祝福するから。
………そのためにはまず、俺の未練から断ち切らないと、な。
俺はスマホを鞄から取り出し、ある人に電話をかける。
短いコールの後に聞き慣れた声が響いた。
「あ、もしもし………いや、大した要件じゃないんだけど、…俺、結婚?お見合い?の話受けようと思って。ほら、前の…………」
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