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或るカセットテープ B面
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――――――――――
(がた、がたという物音)
「…あ、付いたかな。ちゃんと撮れてる?…うん、じゃあ始めるね。
…えーっと、僕の名前は、上川類、って言います!21歳です!って知ってるよね!?
(笑い声)
笑わないでよ、もう!
…え、僕らの出会い?ええーっ、恥ずかしいなぁ。
まぁ、何ていうか…ふつーじゃないよね、はは…
…実は僕、記憶喪失だったんだ。
三年前、僕は事故に遭っちゃった……らしい。
当時の事覚えてないけどね。後から君に教えて貰って初めて知ったんだっけ。
病院で、ずっと目を覚まさなかったんだって言われた。
…でも、目が覚めた時には、何にもなかった。
一緒に暮らしていたらしい父親も、その記憶も、
それからそれまで生きた分の記憶も、ぜーんぶ。
全部、無くなっちゃってた。
絶望、してた。
右も左も分からない、自分の名前すら思い出せないのに、助けてくれるはずの人が居ない。
そもそも、そんな人が居たかも思い出せないんだけどね、はは、は…
(沈黙)
…あ、ごめん、大丈夫だよ。ううん、止めなくていいよ。
大切な君のこと、話したいんだ。
…って、何、泣いてんの!
はは、ほんとに泣き虫だなぁ。
…えーと、話を戻すと。
病院で途方に暮れていた僕の所に、ある日、ある男が飛び込んできたんだ。
ふふ、あの時は吃驚したなぁ。
病室の扉が思いっきり開かれて、突然涙と鼻水で顔をべたべたにした男が抱き着いてきて。
ああごめん、言い方悪かった?ふふ。
その男は心配した、連絡も取れないもんだからってわんわん泣いてた。
僕、誰か分かんなくて、困っちゃって。記憶喪失だって伝えたら、君はまためちゃくちゃ泣いたよね。
それから泣き止んだと思ったら…「自分は貴方の恋人だった」って。
ずっと僕のこと、病院を回って探してたって言ったんだ。
…絶対怪しい奴だと思ったよね!
なんか、遺産とか狙う親戚かと思ったよ。
え、そんな風に思ってたのって?
当たり前でしょ!急に来て怪しすぎるし!
だから僕、ゴメンナサイって言ったんだ。付き合ってたなら、別れましょうって。
だって…記憶のない僕は、君が好きだったっていう以前の僕とは違うじゃん。
面倒が増えるだけだし、…嫌な思いさせるかもって思ってさ。
でも、そいつは、泣きながら嫌だ嫌だって。子供みたいに、駄々をこねた。
…ふ、はは、いやぁごめんごめん、あん時の君、凄く面白かったから!
その言葉の通り、その男は毎日毎日病室に来て、毎日毎日色んなことを話してくれた。
僕の好きなものとか、僕と行った場所のこととか、僕が…どんなに魅力的だった、とか……う、煩い!赤くなってない!
あの時の僕は何にも分からなかったし言わなかったけど、…正直、君が救いになってたんだ。
毎日毎日、楽しそうに僕の知らないことを教えてくれて。
毎日毎日、僕のこと好きだって、言ってくれて…
過去も未来も無い、真っ暗な世界から、救い出してくれた、まるでヒーローみたいだったよ。
…本当に、ありがとね。
…ぶ、あははは!!なんでまた泣くんだよー!
…あぁ、懐かしいな。あれから三年も経っちゃったんだね。
三年間、僕とっても幸せだったよ。
過去の自分を綺麗さっぱり捨てて、遠くに住みなおして。
ちょっと不安だったけど、君が居たし。
君と一緒に思い出の場所を見て回ったり、君と新しい思い出を作ったりさ。
君が、嘘付いてくれてなかったら、こうして出会うこともなかった。
…え、どうしたの?そんな驚いて。
気付いてたのか、って…ははは、気付くに決まってんじゃん!
付き合ってたって言っても、写真一枚も無いし。
時々矛盾したこと言ってたの、気付かなかった?ふふふ。
…え、いつ気付いたのかって?
割と早くかなぁ。きっと元々は友達か何かなんだろうなって、…その反応、図星みたいだね?
いやいや、怒ってるわけないじゃん!
とっくに”元恋人”じゃなくて、君自身を好きになってたんだからさ!
なんで嘘ついたかはわかんないけど、悪い意図が無いのは直ぐに分かってたしね。今更理由なんて聞かないよ。
…あはは、君の方こそ真っ赤じゃん!
…気付いてたのに、言わなくてごめんね。
もし言ったら、君が僕から離れて行くんじゃないかって思ったんだ。
逆だろ、って?そんなことないよ。君はかっこいいし、優しいし、…僕なんかより相応しい人なんか沢山いるような、素敵な人だって。
ふふ、そんな謙遜しないでよ。
この三年間君を一番近くで見てた僕が言うんだから、本当だよ。
…君の嘘は、優しい嘘だったよ。
少なくとも、俺にとっては希望の光だった。
……だから、改めて言うね。
僕のこと、救ってくれて、愛してくれて、ありがとう。
僕も、君の事…大好きだよ。
(沈黙)
えへへ、どう?
記念日にテープ撮るって君から聞いて、この話を話そうと思ってたんだぁ。
驚いたでしょ!
(長い沈黙)
…え、ちょっと、無反応は寂しいんだけど…
あれ、息してる…?大丈夫?
(少し遠ざかる声)
うわっ、ちょっと!抱き着くなってぇ!
鼻水と涙でびちょびちょになるっ!
あ、ちょっと、ぶつかるって…!」
――――――――――
(録音機が床に落ちたのか、ガタン、ガシャンと大きな音が響く)
(二人分の笑い声が遠く、微かに聞こえ、暫くして録音はぶつりと途切れた)
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