アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
頬を染めた私を見たのは空を舞う花達だけだと信じたい。
-
彼への想いを自覚するほど、涙が溢れて仕方がなかった。
好きだなぁと思っても、口に出しては行けないのが何よりも辛くって──その高くて広い背中に抱き着いて、彼をこの肌に感じたくて仕方がなかった。
届かないと知っていながら、諦めていながら、何度も何度も「大好き」と囁いた。勿論誰かに聞かせるわけでもなく、ただ俺が、これ以上は抱えきれないくらいの想いを、黄昏に染まった部屋にポタリと零しては──捨てるため。
風呂に入れば湯船で一人、「ごめん、ごめんなぁ」と呟いて、布団に潜れば暗闇に浮かぶ彼の顔に、ぎゅぅっと心臓を握った。朝起きれば目尻はカピカピで、夢にまで出てくる彼を多少恨んだこともある。
この想いを自覚した時、同時に全てを捨てる覚悟をした。
彼の全てを知りたいと願った時、同時にそれが何よりも不可能だと言うことに気づき、心が壊れる音がした。
耳を塞いで座り込んだ俺に、彼の心配の眼差しと差し伸べられた掌を握って立つことが出来なかった。
指先の温度さえ感じてしまえばもう、我慢出来ないと思ったから。
こっちを見て笑う彼の頬を、この手で包んでキスをしたら──なんて、想像をしてしまって茹でダコのように耳を赤くした俺を、彼は揶揄った。
それで良かった。
良かったはずだった。
四月某日。
満開の桜並木の下を、いい歳こいたおっさん達が満面の笑みを浮かべながら、自転車で駆ける。俺の目の前を走る、黒いパーカーを羽織った彼の後ろ姿は、桃色の花吹雪に溶けていくようだった。はためく布は風を切り、ふわりと辺り一面を覆い尽くす桃色は、突如天へ登り地上へと舞い降りた。その様子を、ぼんやりと自転車を漕ぎながら見つめていた俺は、きっと頬を赤らめていたに違いない。
一緒に来ていた友達に、横から熱でもあんのかと声をかけられたんだ、きっと俺はそれ程に彼に魅入ってぼんやりしていたんだろう。
「んあ、大丈夫大丈夫。」
そうして愛想笑いをし、再び前を向き、自転車を加速させようと踏ん張った瞬間
──ガッシャン!!!
「ッッッ?!」
チェーンが外れて盛大に吹っ飛んでいった。
自転車は大破したものの、幸い俺は擦り傷、切り傷と、薄手の服を着ていたせいで膝と肘の部分をビリビリに破いてしまった程度で済んだ。
あまりの転け方にすっ飛んできた三人の友人と片想い中の彼には、「死ななくてよかったな!」と心配混じりに笑われた。「ドジっ子は俺が介抱してあげちゃうよ」と差し伸べられた掌は、いつかの日の苦しい熱を思い出させてしまい一瞬躊躇ったのだが、放置して悪化をさせ、周りに迷惑をかけてしまっては元も子もないし、急いで応急処置をした方が良いということで決心を固めその手を握り返した。
俺の腰を支えた彼の腕や、俺の支えの壁となってくれた胸元は、大好きな匂いがした。
怪我について訂正、足首を思いっきり捻っていた。
「捻挫やらかしたかもしんねぇわ……」
「じゃあこのままお姫様抱っこしてあげようか?平野井さんは背が低くて細いし、軽いから支えやすいもんね。」
「四十手前のおっさんに言うことじゃねーぞ!!」
そう言いつつも、抱えあげられてしまった俺は、恥ずかしさのあまり彼の胸元に顔を填めてしまう。
「やい!おひめさま!」
「ええなぁラブラブやん、若いわぁ〜」
「はっ、写真とらな、写真……」
散々ネタにされながらも、俺は何とか顔が爆発するのを耐えたみたいだ。
みんなは自転車を押して歩いてくれて、俺の大破した自転車は、帰路に着く前にこの惨状を写真に収めていた易(ヤス)が、五人の中でも体格はいいし一番力があるとして、担ってくれた。
「ぅっ……マジでごめん……」
「気にする事はないよ〜平野井さん!こうしてみんなでゆっくりお話して帰るのも、いいじゃん。ね!」
そうして落ち込む俺をフォローしてくれたのは、星(セイ)。所謂天然であるが、偶に勇ましい姿もみせ、見た目は童顔で貧相だが多分俺より逞しい。
「せやなぁ。にしてもあの吹っ飛び方でよく大事なかったな。あれ下手したら、顔面やっててもおかしくなかったんやない?」
「せやなー。でもあれや、貴春(タカハル)は顔綺麗やし、中性の美人やからきっと神様が顔だけは守ってくはったんちゃいますか?」
「なんやねん三十半ばのロマンチストおっさんキッツイわぁ!」
はははっはは、はははは〜っと独特な笑い声を上げながら、易の尻に蹴りを入れる素振りをしているのは秀道(ヒデミチ)。易の一個うえの従兄弟で、この面子唯一の既婚者だ。穏やかな人柄で、どんな時も常に冷静に考えることが出来る反面、エンターテイナー気質なのかやることが常に面白い──というか、笑わせ方が非常に上手い。
「まあまあ、ロマンチックはいくつになっても憧れるものだよ。きっとこのメンバーの中でいえば、平野井さんが一番ロマンチストだけどね。」
かぁっわいい〜!とにやにや揶揄いの笑みを浮かべて此方を見下すように眼差しを向けるのが、この面子の最年少である須和(スワ)。人前に出るとボケることが多いが、素はとても大人びていて話の聞き上手であり、兎に角非常にモテる。
そして俺の、片想いの相手がこの『須和 』だった。
平野井 貴春三十九歳。
ゴロツキロマンチスト厨二病おっさんという異名を持つごく普通の会社員。
某月某日、ひょんな事から個性的な友人に囲まれた俺は、人生初の些か遅すぎる、そして無駄に青々としている春がやって来ました。
出会いの話はまたいつか──
お母さん助けてください。
これっぽっちも笑えません。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 1