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前編
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「ここ、はじめて?」
やけに分厚い胸板の男は、品定めするような視線で響也の全身を舐めた。
気前のいい客のおかげで振る舞われているらしいハイボールを手に、広いとも狭いとも言いがたい店内を見回していた響也はいかにも慣れていない様子に見えただろう。
世話好きな男を引っかけたかったわけじゃないが、確かにここははじめてだ。
訊けばなんでも答えそうな男の雰囲気に、響也は薄らと微笑んだ。
「そうだよ。友人に教えてもらったんだけど、普通のバーじゃない感じだね」
「今日は金曜だからな」
得意げに胸を張るから胸板の威圧感が強い。
響也は心なしか後じさり、アメリカラッパーの有名曲が流れる店内に視線をやった。
普通のゲイバーだと聞いていたが、あちこちで誘い誘われ、男のカップルが成立しては店を出て行く。
「金曜日だけ発展場にでもなるってこと?」
「ああ。金曜の二十三時から日付が変わるまでの一時間だけ発展場になるんだ。タチを探すならオオカミ待ち、ネコを探してるならウサギ待ち。システム知らなかったみたいだけど、よかったら遊んで行けよ。あんたは……オオカミ待ちだろう?」
思わせぶりな猫撫で声とともに、男の腕が響也の腰を抱き寄せる。嫌がれば外れる程度の力加減は、遊び慣れた男のそれだ。
響也はやんわりと男の腕を外させる。
「君がオオカミ待ちならよかったのにな」
「へえ、こういうの外したことないのに。それは失敬……こんな色っぽい美人を食えないなんて、悲劇だな」
目元にかかったカフェオレ色の髪を、男の指先が軽く避ける。目鼻立ちがはっきりしていて垂れ目がちな響也が目尻を細めると、男は悩ましげに眉を寄せた。
「惜しいな、本当に。まあどうせなら楽しんで。それと……ここ、ウサギ待ちのオオカミしか喰わないボスオオカミが出るから、気をつけてな」
名残惜しげな流し目で言った男は響也から離れ、知人を見つけたのか数人の輪に入っていく。それから数分と経たず、二人の男と店を出て行った。お盛んなようだ。
響也はグラスが空になるまで店内の男を品定め、どうしようか、と思考をめぐらせる。
好みの男は、いるのだけれど。
そのとき、胸板の厚いプレイボーイと話していたときから強い視線を送ってきていた男が、ゆったりと近づいてくるのがわかった。
カウンターでハイボールのお代わりを受け取る。男のまとうオーラに呑まれそうで、響也は景気づけにそれをぐいと煽った。
喉が焼け、食道が熱くなって胃に酒が収まる。人知れず息を吐いたところで、男は声をかけてきた。
「見ない顔だけど、初めて?」
賑やかなBGM程度では掻き消せない、聞き取りやすい低音だ。鼓膜から体内へ流れ落ち、腰を震わせるような甘いかすれ具合がずるい。
センター分けの黒髪は嫌味でない程度にパーマがかかり、額は露出している。何ひとつ隠す必要などないと自覚しているのだろうか、と邪推したくなるほど、男の顔立ちは整っていた。雄々しさよりも妖しさ漂うその男は、香しいフェロモンをまき散らしてはメスの腹を疼かせる、魔性と呼んで差し支えない色っぽさだ。
響也は一瞬のうちに悟る。
――この男が、ボスオオカミだ、と。
「……そうだよ。システムは聞いてる」
「何待ち?」
「ウサギ待ちだ、って言ったらどんな目に遭うのかな?」
「俺のことも聞いてるのか。なら話は早い」
「は? な――……っン」
グラスを持った手首を掴まれ、反対の手で頭を引き寄せられた。唇が重なり、貪るように舌が腔内へもぐりこんでくる。
(こ、っの……ッ!)
突然の無体に腹が立ち、響也からも舌を伸ばす。男の上顎をくすぐってはあふれる唾液を啜り、追いかけてきた舌を噛んで吸って舐めて絡めて。
だが、戦闘じみたキスは数分と経たず終わる。
「はぁ……っ」
「おっと」
膝が折れ、男に腰を抱いて支えられていた。あまりの状況に顔が熱い。
睨んで見上げても、男は楽しげに濡れた唇を舐めるだけだった。
「いいな、お前。ウサギなんかやめて、俺にしな」
「何を……失礼にもほどがあるんじゃないか?」
「お上品なこと言うなよ。ぐっちゃぐちゃのキスし返してきたくせに。騙されたと思って、一回喰われてみればいい」
ギラギラと、妖しい照明の下で男の瞳が輝いている。開いた瞳孔は興奮しきった雄そのものだ。
男は完全に、響也を喰らう気満々になっている。
「喰われ損だって言うなら、俺のヴァージンをお前にやったっていい」
「は……?」
「証人は――この店にいる奴ら、全員だ」
男がちらりと見た先では、他の客が興味深げにこちらを観察していた。その中には苦笑している店のマスターもいる。
客は当てにならないが、マスターとなれば話は別だ。今日明日でいなくなりはしないだろう。
「……君のヴァージンは美味しそうだ」
支えられていた腕を払って背を正すと、男がニヤリと笑う。
「もう一度食べてくださいって言わせる自信はあるよ。――俺は伊織。お前は?」
しばしの逡巡後、響也は短く「ヒビキ」と言った。
「ッあ、あぁッ、あ、ああ、っい、あ」
誰の声だろうか、とぼんやり思う。よく、わからない。とにかく熱い。腹の奥がぐずぐずに爛れていくようだ。
うつ伏せたままシーツをわし掴む。前にずり上がろうとすると、何かが響也の腰をがっしりと掴んだ。
「どこ行くんだよ。もっと奥、欲しいだろ?」
「ヒ――ッ、あ、んあ、あッ」
ああ、これは自分の声だ。
響也はようやく認識し、その卑猥さに眉を寄せた。口を閉じろ、声を殺せ、と脳から発されたはずの指示はどこで道草を食っているのか、まったく仕事をしていない。
「待っ……あ、っ待って、いあ、っあ」
「なんで? 痛くないだろ? 大事に、大事に、優しくしてるはずだけど?」
荒い呼吸交じりの言葉を耳が拾うと、ばらばらに散っていた記憶が少しずつ戻ってくる。
胸板男は伊織をタチ喰いだと言っていた。
ならば征服欲の強い男なのだろうと予測し、響也は乱暴に抱かれる覚悟をもってホテルへ向かったのだ。
だが、伊織の抱き方は別の意味でとんでもなかった。
シャワーを浴びながらのキスに何十分もかけ、前戯だけでもういらない、やめてくれと懇願するほどイかせられる。はじめての尻孔は男の巧みな指遣いに早々と陥落し、異常な快楽を貪欲に味わっていた。
「――なあ、まだ考えごとする余裕あんの?」
「い、や、あーっ、あ、うああっあ」
ばちゅんと濡れた肌のぶつかる音がして、全身にぞわぞわとおかしな快感が走り抜けた。
伊織の猛ったものは響也を深々と犯し、狭い場所をくじっては抜け、突き上げる。
「気持ちいい?」
「ん、う、いや、いやだっ、や」
「なんでさ」
「こんな……ん、んぁっ、こんな、違う……っ」
「騙されたと思えって言ったろ? 気持ちよくて死んじゃいそうになる可能性はあるけど……俺は、優しいよ?」
「あぁっあ、ああ、んぅうっ」
ぱんぱんぱんっ、と速いリズムで打ちつけられ、あられもない嬌声が迸った。
切っ先が奥の突き当たりにぐじゅっとぶつかるたび、覚えのない悪寒が身体を震わせる。
このままじゃ、駄目だ。
とてつもなく怖いものに追い立てられる子どもみたいな気分で、響也は頭を振りたくる。
「も……や、やだ……っい、おり……っ」
「嫌? どうしてほしい? ヒビキのお願いなら聞いてあげるよ」
「こんっな、気持ちいの、無理……っぃ、痛いほう、が……ん、いい……!」
「ごめんな、それは無理」
「あぁっ」
腰を掴んでいた伊織が、背中にぴったりと覆いかぶさってくる。頭のそばについた手が視界に入ると、響也は意識せずその腕に縋りついていた。
何か安心できるものに掴まっていないと、吹き飛んでしまいそうだ。助けてほしくて、でも助けてとは言えなくて、逞しい伊織の腕にしがみつく。
「可愛いなあ」
「い、おり、伊織……っ」
「うん、イきたいよな? まだ後ろだけでイケないだろうし……こっちも触ってやるよ」
「ひあっあ、あっ」
もう片方の男の手が、高く揚げた腰の前へやってくる。
何度も射精した後なのにがちがちに勃起している響也の雄を優しく握ったかと思うと、ぬるついた亀頭を撫で、幹を上下に扱き立てた。
「駄目っ、や、やめっ……あ、アッ……!」
ひとたまりもなく、響也は鈴口から薄くなった精液を噴き出す。
勢いよくシーツに白濁を飛ばす最中も、伊織が突きこんでくる動きは止まらない。
ヒビキ、と呼ぶかすれた声に、虚しさと切なさが募る。強制的にイかせられるような強すぎる快感の中、ふわふわと意識が甘く漂った。
強情が剥がれていく。決意がほころんでいく。想いが還っていく。
かつての――あのころへ。
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