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「もう大丈夫だとは思ったけど……一応ね」
人間無間地獄こと、松戸千明さんとは高校の文芸部からの付き合いだ。白状してしまえば、俺はこの人に近付きたい下心で文芸部に入部した。小説なんてほとんど読まなかったし、書くのはもっと無理だったけど……書き手としてではなく彼の執筆の役に立つことでなんとかそばに居続けた。
その経験を買われて、夏季休暇中の取材旅行の同行に抜擢され、まあ色々あって——今はお付き合いをしている。
本当は迎えに来ないよう言おうと思っていた。
前述の通り、あの人が歩けばそれだけで何人かが恋に狂ってしまうからだ。
とはいえ迎えに来てくれたのは、素直に嬉しい。
顔に出すとあの人がじゃれついてくるので、慎重に、——本当に慎重に、素っ気なく礼を言う。
「それよりも、今日久々にサークルに顔出すんですよね? ……くれぐれも変なこと言わないでくださいね」
「変なことって?」
説明し難いことを無垢な顔で聞いてくる。
(旅行中俺があんたにしたこととか、あんたが俺に言ったこととか、色々だよ、色々!)
「……後でリスト送ります」
ゲイという言葉は以前より市民権を得てきてはいるが、俺と千明さんの性的指向を指す言葉としては適切でないと思う。
それに、俺が千明さんとそういう関係になっているのは……誰にも言わない方がいいのだろうと思う。関係を匂わせるのもダメだ。
別に俺は、自分が他人にどう思われようと構わない。千明さんの熱狂的ファンの恨みを買って夜道で刺されても、ある程度は仕方ないと思っている。
そんなことをしてしまうほど、あの人を想ってしまう気持ちが分かるから。
でも……凶刃が千明さんに向かうことだけはだめなんだ。
だからそのために、全力でこの関係を隠し通さなければならない。せめて、大学卒業までは……。
電車がポイントを通過して、俺たちが通う大学の最寄駅に接近したことを教える。
「……ちょっと離れてください」
「え、なんで」
「休み明けに距離がくっついてる奴らがいたら、人は色々勘繰るものですよ」
千明さんの同意を待たず、5mほど離れた所に移動した。戸惑いながらこちらを見る千明さんを視界の端で確認する。
視線を交わすのも、あまり良くない。
千明さんの方は見ずに、ローマ字入力で素早くメッセージを送信した。
『こっちを長時間見たり、話しかけたりしないでくださいね。スマホの画面もあまり見られないように』
『なぜ? 僕は公表しても構わないのに』
『俺が刺されるからです』
自分のえげつないほどのモテぶりをもう少し自覚してほしいものだが、俺の保身だと理由を説明すると従ってくれた。
夏休み明けで派手になった人。逆に化粧も服もシンプルになった人。そのままの人。学生の活気がそのまま廊下に反響して、洪水のようだ。
俺と千明さんは距離を保ったまま歩いていた。俺の存在を松戸ファンに認識されないためと、少し離れた方が、全体を確認しやすいからだ。
「あっ、いた! 松戸せんぱーい」
「千明ぃ」
「松戸さん」
きゃあっ、とファッションもタイプも様々な女の子達が数人、千明さんの前に飛び出してきて、腕や肩をナチュラルにホールドする。
「おはよう。休み中任せっきりにしちゃってごめん」
「全然! 今日はサークルに顔出してくれるんですよね?」
「美味しいお菓子持ってきたんで、後で食べましょー」
「取材旅行何があったのか教えてくださいよー」
千明さんの話を聞く気があるのかないのか、女の子達は彼を引っ張って行く。囲まれている千明さんが困った顔でこちらを向こうとするが、視線が合う前に人混みにするりと紛れ込んだ。
(複数人。今は千明さんよりお互いの監視と牽制を厳しくやっているはずだから、一対一にはならない。千明さんの変化にもおそらく気づかない。問題なし)
誰にも知られずに、本人にさえ悟られないように、彼を守る。
次の「任務」は帰宅時だ。
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