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司書から注意を受けたのをいいことに、俺はその人に移動を促した。
選んだ場所は大学近辺の喫茶店。
連れてこられた場所が意外だったのか、彼女は若干戸惑っていた。
衆目があることで、相手の警戒レベルを多少なりとも下げる目的だった。同時に、下手な行動に出るのはリスクだと、警告の意味も兼ねていた。
それに、万が一、危険な行動に出られたとしても、店員が通報くらいはしてくれるだろう。
席について、まず彼女の学生証の提示を要求した。
顔や名前に見覚えはない……高校は他校のようだ。
「念のため聞きますけど、松戸さんのカバンにICレコーダーを入れたのは、あなたですか?」
彼女は、目を合わさずうなずいた。
「イエス、ということですね?」
「……なんで君が持ってるの? それ……」
一杯食わされたのが、気に入らなかったらしい。
彼女は苦々しげに言った。
「……取材旅行に同行した時にはなかった、見慣れないペンがあるなって思って、調べてみたら、これだったもんで」
彼女は俯いたまま、ため息をついた。
俺と千明さんの関係には、どうやら想像すら及んでいないようだった。
「流石に松戸さんも怖がってたんで……直接注意しようと思って」
「……あなた千明の何なの?」
「自分の立場わかってますか? 先輩」
あくまで冷静に、だが威圧感を持って問う。
毅然として崩れない俺の様子に焦りを感じてか、彼女の声はだんだん高くなっていく。
「何なのよ……言っとくけどこんな状況あんたの方が不利なんだからね。私が大声出してあんたに脅されそうになったって言えば……」
「そうでしょうね。だからこっちも、保険をかけさせてもらいましたよ」
話をさえぎり、自前のペン型ICレコーダーを取り出して、目に焼き付けるようにして見せた。録音中であることをアピールすると、彼女は流石に観念したように俯いた。
「別に、あなたの正体をバラしてどうこうしようってんじゃないんです。あなたの弱みを握って脅そうってわけでもない。
ただ、松戸さんに害をなすことは辞めてほしいだけなんで……」
本心の言葉だが、あまり熱を入れすぎると嘘くさく聞こえるだろう。
淡々と話したが、向こうは信用できないと言った表情だ。
「先輩、松戸さんと違う高校っすよね? あの人高校でもこんな感じで色んな人に好意を寄せられちゃってて、大変だったんですよ。
でもあの通り鈍感だから、好意を寄せている人がどんだけアプローチしても気付いてもらえてなくて……大体みんな病んでいったし」
「……」
心当たりのある顔だ。
こんな一方的な情報開示で信じてもらえないだろうとは思っていた。が、今も昔も変わらない千明さんのえげつないモテっぷりが、ある意味これ以上ない根拠となったようだ。
「みんな、それぞれ気持ちに折り合いつけながら、いい友人としてそばにいますよ。離れていったことで平穏を取り戻した人もいます。
あなたがどちらでも構わない。……分かってもらえますか?」
(腹黒いな……俺)
脅しには当たらないよう、言葉は選んだつもりだ。しかし、それでも、相手の恐怖や罪悪感を刺激して揺さぶりをかけた後に、優しさをちらつかせて、交渉を有利に進めようだなんて……。
良心の呵責に苛まれるが、千明さんとこの人、双方のためだと、必死に心で言い訳をする。
「……分かった。もうやめる。こんなことしてごめんなさい。って、あなたに言っても仕方ないけど……」
ひとまず、交渉は終了した。
表面では平静を保ちながらも、俺は大きく安堵した。若干緩ませた表情で礼を言う。
「じゃ、こっちの録音データは消しますね」
「え……」
自前のICレコーダーを操作して、今までのデータをさっさと消去した。
俺のあっさりとした行動に、彼女は大いに戸惑っていた。
「そんな簡単に、信用しちゃっていいの? これから尋問するんじゃないの? 私が言うことじゃないけど……」
「俺は、松戸さんに危害を加えないと約束してもらえれば、それでいいんです」
彼女は若干、感心したようだった。
実を言うと、保険として更にもう一つ別のICレコーダーを潜ませていたが……これが活躍する場はなさそうだ。
彼女は罪を告白したことで、緊張状態を抜け、意気消沈したようだ。罪悪感からも解放されて、底が尽きたような様子だ。
おそらく、もう一度レコーダーを仕込むような真似はしないだろう。
俺はもう一つ、カバンからあるものを取り出して先輩に渡した。
「ところで……一応聞きますけど、このくまのぬいぐるみに見覚えは?」
千明さんの部屋で見つけた、遠隔型の盗聴器が入っていたくまのぬいぐるみだ。
先輩は、俺が手渡したくまをじっと見ていたが、すぐに首を横に振った。
「……ですか」
くまを返してもらうと、多少くだけた調子になった先輩が聞いてきた。
「何なの? それ」
「……まあ、あなたの『お仲間』ってところです」
俺が「お仲間」と言ったあたりで、先輩はビクッと肩を震わせた。
なんだ?
そんなにおかしな言葉だっただろうか。
単に「思い人に盗聴器を仕掛けるような人」という意味で言ったのだが、それにしては反応が違うような気がする。
「どこまで知ってるの?」
予想外の質問がぶつけられる。
心を開きかけていた、先ほどの様子はどこへやら、先輩の顔は再びこわばっていた。
「え?」
「ごめんなさい、もう千明につきまとったりしないから」
明らかに怯えと動揺が見える。先輩はお代を多めに払ってバタバタと喫茶店を出て行った。
店員がこちらの様子を心配そうに見ている。
(なんだったんだ……)
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