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「竹谷さん」
あまり人の来ない、三階のテラス席。
背後から声をかけると、目的の人物はばね仕掛けのように飛び上がり、周囲のものを撒き散らしながら床に倒れた。
「かっかっ、河辺っ」
「すみません、驚かせちゃって」
敵意がないことを示すために薄らと笑顔を浮かべてみたのだが、あまり効果はないようだった。
俺が彼にやられた腹いせを根に持っていると、勘違いしているようだ。ペンで深く刺された右手の傷痕を、そっと指で撫でる。出血も大したことのない傷だったし、すぐに治ったので、別段気にしてはいないのだが。
「なっなっなんだよっ。ゆすりに来たのか」
「竹谷さんの中で俺は一体どういう人間なんすか? 違いますよ」
まだ警戒しているのか視線を外さない。変な体勢のまま私物の片付けをする竹谷を見かねて手伝った。
「一応聞いてやるけど……話って何だ?」
「○○さんのことが聞きたいんです」
「○○? 何でお前があいつの名前を知ってる」
○○さんの名前を出してもピンと来ていない様子だ。千明さんへの独占欲と同じくらい庇護欲が強いことからも、やはり竹谷は○○さんとは組んでいないだろう。元から犯人候補には入れていなかったが、更に確信を深めた。
「サークル辞めたって、千……松戸さんから聞きました。辞めた理由を聞いてないですか?」
「……別に何も言ってなかったし、挨拶もなかった。○○は礼儀正しい人だったし、らしくないまとは思うが……まあ、ゆるいサークルだし。
そんなかしこまったことは元々してない」
「じゃあ、○○さんと仲の良い人、知ってます?」
「……俺が知ってると思うか?」
仏頂面を更に引きつらせて、竹谷が呻くように答えた。
質問が悪かった。竹谷は元々、あまり人付き合いのいい方ではない。
俺は礼を言ってその場を離れた。
他の二人……梅津と寒川も似たようなものだろう。となると、後は……
「あまり、この手は使いたくなかったけど……」
登録と挨拶だけして、一切使ったことのない連絡先を選択する。
返事はすぐに来た。
*
そんなわけで、俺はカラオケに来ている。
文芸サークルに初めて訪れた折、一番積極的に質問を投げてきたのが一つ上の先輩である若葉と藤実だった。
連絡先交換もあちらから持ちかけられたのだが、今まで特にやりとりをしていなかった。
若葉と藤実なら○○さんの交友関係にもそれなりに詳しいだろうと思い、会う約束を取り付けたところ……何故かこういうことになった。
参加者は文芸サークルの数人以外、ほぼ知らない人間で構成されている。突然部外者が参加することになっても全く動じていない。
企画してこのメンツを集めた若葉もまた、相当な社交性の持ち主なのだとわかる。
十四人もいると歌の順番などなかなか回ってこない。
最初は困惑したが、ある意味好都合かもしれない。何となく盛り上がっているフリをしながら話を聞き出すことにした。
社会人と言っても通用しそうな大人っぽい服装とメイクで来た、若葉と藤実の二人に声をかける。
「今日は○○さん、来てないんですか?」
「あー、河辺くんはサークル入ってないから知らないよね」
「○○さん、サークル辞めちゃったんだよ」
驚いたようなリアクションをとってみせると、二人は気を使って、部屋の外で話を聞かせてくれた。
「実は、河辺くんが部室に初めて来た前後から、ちょっと様子がおかしかったんだよね」
「そうそう。なんか探し物してるって言ってて、あの数日はずっとソワソワしてた」
「えぇ……探し物とサークル辞めた理由って、なんか関係があるんすかね」
白々しく、素知らぬふりで核心に近づいていく。
「分からないけど……絶対」
「千明絡み!」
「だよねー!」
若葉と藤実は顔を見合わせながら、全く同じタイミングで同じ言葉を発した。
タイプの違う二人だが、考え方が似ていて相性がいいようだ。この行動力は、盗聴器を仕掛ける方向に働くものではないだろう。やはり、○○さんの「お仲間」候補から外したのは正しかった。
「○○さんが仲良かった人とか、何か知らないっすかね」
「……河辺くん、ああいうタイプの子が好み?」
「え?」
「ハードル高いと思うよー。このサークルのほぼ全員がそうだけど、あの子も例に漏れず千明ラブだから」
「いや、あの」
「ていうか、河辺くん、千明と仲良いんでしょ? 高校の頃からの付き合いって言ってたし」
「千明といい雰囲気の人がいるとか、そういう情報ない?」
話がどんどん脱線していく。まさか自分がそうであるとも言えず、曖昧な返事をしていると、頼んでいた飲み物を店員が持ってきた。
これ幸いと、飲み物を受け取って部屋に入る。
正直あまり収穫は期待できそうにない。適当に過ごしてさっさと帰ろう。……と、自分が頼んだと思われるドリンクを適当にあおった。
グレープフルーツの酸味のせいか、体と頭がだんだん熱くなってくる。
勧められるまま、機械で自分の歌う曲を入力した。
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