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十数分後、ようやく気分が落ち着き、涙も乾いてきた。
それを見計らって、「ふかみー」が声をかけてくる。
「落ち着いた?」
「はい、あの……すんませんでした。ふかみー、さん?」
「あはは、それでもいいけど」
彼はカバンからペンとノートを取り出して、サラサラと文字を書き出した。横線の引き方が強くはねと次の一画をつなげない、特徴的だが読みやすい字だ。
深泉勢良。いきおい、よし……。縁起の良さそうな名前だ。パーティーピープルを名乗るにふさわしい。
「深泉……なり、よし?」
「おっ。よく読めたね。初見で読めたのは君が初めてだよ」
ふかみー改め深泉は、夜闇の中でも輝くような笑顔を見せた。おまけに身「なり」も「良」い、か。名前負けしない容姿と性格、おまけに一歳違いとは思えない大人っぽい声に、とにかく圧倒される。
相手が名乗ったので、流れで自分も名乗った。同じように、ノートに自分の名前を書く。
「し、ゆう……きれいな字を当ててるね」
「それで、『しゅう』って読みます」
「へえ! いい名前だね」
知らない同士が仲良くなる前の気恥ずかしい雰囲気を、自分だけが感じていた。先程まで、彼の肩にもたれて泣いていたというのに、向こうは気負った様子もない。
「紫夕はさ……」
鼓動がはねる。家族以外では、千明さんしか呼ばない呼び方。深泉の距離の詰め方は驚くほど自然で、積極的で、何故か悪い気がしない。だから……拒みづらい。
「どうしてさっき、泣いてたの?」
「な……んで、でしょうね。酒が入ったからかな……」
本当に心配そうに、真剣な顔で、でもためらいがちに聞いてくる。親身になってくれるのはありがたいが、事情が事情なだけに、言えはしない。
深泉はきっとこうして、多くの友人の悩みを聞いてきたのかもしれない。下手な誤魔化し方を見透かして、本当の答えを聞くまでは逃がさないとばかりに、視線を逸らしてくれない。そう——心の奥まで覗き込んでくるような。
「……泣いてたこと、誰にも言わないでくれますか?」
「ああ、そんなことか。君の泣き顔は、おれと二人だけの秘密だね」
思わずむせた。キザな言葉で笑わせようとしてくれているのか。ツボにはまってしばらく咳き込みながら笑ってしまった。
本物の王子がこんな言動をするのかは知らないが、物語の王子然とした深泉が言うとそれなりに様になってしまうのが可笑しい。
笑われても、「涙の後の笑顔は一段と輝いて見えるよ!」と返してくるあたり、このやりとり自体も慣れていそうだ。
俺が回復してきたのを確認したあと、深泉はどこかに電話をかけた。
内容からしてタクシーを呼んでいるのだろうか? それにしては何か口調が違うような……と思っていると、
「今、うちの車を呼んだからね」
「え。ご家族に悪いっすよ……」
「ん? ああ、家族のじゃないから心配しないで」
「え?」
家族のじゃないなら誰の……と聞こうとしたところで、どこからか車のドアの開閉音、直後に高い電子音がする。
ほどなく、こんな場所には似つかわしくない、カッチリしたスーツの初老の男性が早足で登場した。
「こんな時間に悪いね」
「いえ。お待たせ致しました、勢良さま」
「さま……?」
写真でしか見たことのない高級車に、恭しく招き入れられる。体にフィットする座席の座り心地、音と振動がほとんどない運転……未体験すぎて、喋ることすら忘れていた。
「紫夕、お家の近くに目印になるような場所はあるかい?」
自宅近くのコンビニを指定すると、運転手は「かしこまりました」と返答した。なんだか世界観のちぐはぐなやりとりだ。しかし、俺が酔わないよう、細心の注意を払って運転をしてくれているのが動作から伝わってくる。
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