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気づけば先日の一件を、何度も頭の中で反芻していた。
人前であんなに感情を発露させたのは、一体いつ以来だろう。自分の中で消化しきれなかった感情を、深泉さんは受け止めてくれた。
自分は、千明さんの人生の裏方のようなものだと、随分前から自覚していた。
千明さんの作品に直接手を貸した訳ではないけれど、彼が作品を作るための、欠かせない礎になったという自負がある。千明さんもきっと無意識ではそう思っていることだろう。
礎というものは誰の目にも見えないから、上に重なるものを支えられるのだ。
だから……まさか、誰の目にも見えないはずの俺を認識してくれる人が現れるなんて、思ってもみなかった。
(“君のカーテンになれて光栄だった”……か)
歯が浮くような台詞だが、深泉さんが言うと様になる。若葉と藤実への対応を見ても、男女分け隔てなくあんな風に接しているのだろう。出自が良いとこうも違うものなのか。
千明さんもある意味男女分け隔てなく魅了しているが、あんな得体の知れない魅力ではなくて……
「……で、……だけど、……紫夕?」
不意に自分の名を呼ばれ、一気に現実に引き戻された。
怪訝そうな千明さんの顔が、すぐそばにある。ずいっと身を乗り出して顔を覗き込まれていたのにも気づかなかったようだ。
ああ、折角の連休なのに上の空だなんて勿体ない。おまけにご両親も不在なので、取材旅行以来の二人きりなのに。
「すみません、ちゃんと聞いてなくて」
「……最近、ずっとそんな調子だね。疲れてる?」
千明さんが苦笑しながら、俺の頭を撫で、指で髪をすいた。
……今更ながら、先日の「アレ」は不貞ではないのかという疑問が脳裏によぎる。
友人との触れ合いの範疇だろう、精神的にも。そうだ。あれは、深泉さんがお人好しだから甘えてしまっただけだ。実際何もなかったし。
必死に言い訳をしてみたが、後ろめたさが後からじわりと湧いてくる。
「休憩しようか?」
「……はい」
それが合図となって、どちらからともなく密着し、肩や髪、頬に触れていく。
何度来ても、一番最初のキスだけは緊張する。
眼鏡のブリッジやリムが当たらないよう、お互いに少し顔の角度を調整する。最初の頃こそ、眼鏡を外してしていたが、今はしたままでもキスができるようになった。慣れたのはいいが、千明さんの睫毛が頬を撫でる感触はしばらく味わっていない。少し寂しい気がする。
肩に体重がかかる。重力に逆らわず、背中からゆっくりと床に倒れ込む。
千明さんの求めるままに、唇をやわらかく開き、舌を受け入れる。
この人は、俺が別の男の肩にもたれて泣いていたことなんて知らない。泣いていた理由も……。
打ち明けられない秘密が、澱のように重なっていく。
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