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諦めきれない想い②
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「あ、そうそう。赤地様。このお話は、二人だけの秘密にして下さいませ。陽一様が赤地様のお話をなさったのは、確か…本屋か何かで出会った時に少しお話をなさっただけなので…。その後、なんとなくその少年が赤地様だと、私が勘ぐっているだけでございますので…」
柔らかい笑顔を浮かべたまま、そう言い残すとドアを開けた。
僕は小さく微笑んで
「わかりました」
と答えて車に乗り込む。
「おはよう」
翔に声を掛けると
「おはよう、随分と長話だったな。」
って翔に言われた。
何て答えようかと思っていたら、安井さんが運転席に座り
「翔様、お待たせ致しました。すみません。私の自己紹介が長引きまして」
と言いながら、車を走らせた。
「安井…お前、又、子供の自慢でもしてたんだろう?」
苦笑いをする翔に、安井さんが
「いえいえ、翔様の幼い頃のお話をしていたのですよ。例えば、昼間に怖いテレビを見ていらして、夜、怖くて一人で寝られないと陽一様にせがんで一緒に寝てもらい、挙句の果てにトイレに怖くて行けずにおねしょをしたとか…」
そう話し出した。
すると翔が真っ赤な顔をして
「止めろ!そんな話するな!」
そう叫ぶ。
「あの時の陽一様の困ったお顔と、翔様の泣き顔。安井は一生忘れませんよ!」
声を出して笑いながら話す安井さんに、思わずつられて笑う。
安井さんの話は、その時の二人の状況が手に取るように浮かんでとても楽しい。
多分、安井さんが二人を愛情持って見ていたからなんだと思う。
思い出の一つ一つが、聞いている僕でさえ微笑ましく思うエピソードばかりだった。
気が付いたら、あんなに落ち込んでいたのが嘘のように、学校に着くまで安井さんの思い出話でずっと笑っていた。
「安井、凄いだろう?」
学校に着いて歩いていると、翔がぽつりと呟いた。
「親父が大事にしているから、滅多に俺の運転なんてしないんだけどな…。今回、田中さんがポンコツになり下がってるから、安井が運転手に名乗り出たらしい」
遠くを見る目で翔が話し出す。
「安井は…早くに奥さんを亡くして、親父に拾われたって言ってた。子供の事を最優先で雇ってくれた親父に感謝しているらしい。あ、今は随分前に再婚して、良い奥さんを貰ったらしいけど…。物心着いた時からずっと、安井に色々と面倒見てもらったから、俺も田中も頭が上がらないんだ」
安井さんの話をしている翔も、表情が柔らかい。
その表情だけで、どれだけ安井さんが二人に愛情を持って接していたのかが分かる。
「それで…田中の事だけど…」
言い辛そに切り出されて、思わずドキリとする。
「お前が良いなら、このまま運転手は安井に頼むけど、どうする?」
そう切り出された。
「え?」
思わず立ち止まると
「勉強も…他の奴に頼む事も出来る」
翔が僕の目を真っ直ぐに見つめて聞いて来た。
「僕は…」
そう言い掛けて息を呑む。
田中さんに会いたいけど…、僕と会う事で田中さんが苦しんでいるんだとしたら?
自分の気持ちを、田中さんに押し付けてしまう事になるんじゃないかと戸惑う。
すると翔は深い溜息を吐いて
「あのさ…、前から思ってたんだけど…」
そう呟くと
「お前、田中が好きなの?」
と、直球で聞いて来た。
僕が目を見開いて翔を見ると
「あ…うん。分かった。答えなくて良いわ」
そう言うと、再び歩き出した。
僕が歩き出した翔を追い掛けるように歩くと
「気にしなくて良いよ。誰にも言わないし…慣れてるから」
翔はそう言って俺を見た。
「むしろ、ごめん。お前の気持ちに気付かなくて…。あの日、一緒に行けば良かったな」
翔はそう言いながら、視線を遠くに送る。
「あいつはさ、男女関係無く人を惹き付ける。それは、本人の意図して来た事でもあり、意図してない部分もあり…で…。」
考えながら話しているらしく、翔は時々眉間に皺を寄せると
「だから…自分の目的の為なら、何の感情も無く平気で抱けるんだよ。男女関係無くね」
と呟いた。
「え?」
「だから…、まさかお前にまで手を出すとは思わなくて…」
怒った顔をする翔に
「え?待って、翔。僕、田中さんに何もされてないけど?」
慌てて話に割って入る。
「え?」
「だから、 僕は何もされていないよ。むしろ、物凄く面倒を見てもらったけど…」
そう呟く。
そう。田中さんに抱かれたのは、僕が見た願望の夢。田中さんは、ただ優しく僕の看病をしてくれていた。
僕達はしばらく無言で見つめ合う。
「はぁ?じゃあ…お前、何であんなに泣いて訳?」
「それは…、田中さんに僕の気持ちを拒否されたから…」
「はぁ?意味が分からないんだけど…?」
「だから…多分だけど、田中さんは僕の気持ちに気付いて避けてるんだと思うんだ」
「あり得ない!」
僕の言葉を遮るように翔が叫ぶ。
「俺は蒼介よりあいつを知ってるけど、あいつが自分に好意を寄せられた人間を拒否するとかありえない。むしろ、ラッキー。なんかの時に利用出来るってくらいにしか思わない人間だぞ」
翔の言葉に今度は僕が
「そんな事無いよ!田中さんは良い人だよ!優しいし、面倒見が良いし!」
そう遮った。
すると翔は呆れた顔をして
「それは、俺達の前だからだよ。あいつの基本姿勢は、利用出来る人間は利用する。利用出来ない人間は切り捨てる!だからな。まぁ…お前に対しては、俺と同じように接してくれていたからそう思ったんだろうけど…」
と言い掛けて、ふと何かに気付いた顔をした。
そして何やら悪い顔で微笑むと
「なるほどね…。まぁ、良いや。取り敢えず、明日の勉強会はどうする?」
そう話を切り返した。
「え?どうするって…」
「お前が嫌じゃないなら、田中のままにするけど?」
って言われて
「僕は…嫌じゃないけど…」
と答えると、翔は頷いて俺の背中をポンポンっと叩いた。
「さ、教室に早く行かないとな」
そう言って翔が歩き出す。
僕は翔の後姿を見ながら、さっき見た悪い笑顔の意味を考えていた。
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